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2009年11月

デッドヒート

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もはや死語ですね、この言葉。ここ数年、他の人が口にしているのを聞いたことがありません。今風に言うなら“エキサイティング”でしょうか?

左にいる黒い虫はヨコヅナサシガメの幼虫です。右の毛虫を追いかけて、鋭い口吻でずぶりと刺して体液を吸おうとしています。追いつ追われつ…動きはとてもスローですが、目を離せないスリリングな展開です。これを形容して「デッドヒート」。完全にオヤジの発想ですな。

さて、結末は意外や意外。毛虫が難なく逃げ切りました。サクラの樹皮上にいたこの毛虫が害虫ならば、ヨコヅナサシガメはその天敵(益虫)でしょう。数年前(いや、もっと前?)から、茨城でもたくさんのヨコヅナサシガメを見るようになりました。これだけ増えたのですから、さぞかしサクラの害虫は減ったのではないでしょうか。

ところが、このヨコヅナサシガメの幼虫がジョロウグモの卵のうを口吻で刺して、なかの卵のエキスを吸っているという噂を耳にしました。まだ、ほんの少数の幼虫たちが、おいしい餌のありかを見つけただけのようです。そのうちどんどん情報が広がって、ほかの幼虫たちも同じことを始めるのではないかと心配しています。

蜘蛛は嫌われ者ですが、害虫を捕まえてくれます。そんな益虫(蜘蛛は虫ではないですが)の存在を脅かすことになりかねないと今から心配しています。下手をするとジョロウグモの数が半減、いや激減する可能性もあります。来年以降のジョロウグモの生息数には注意を払わなければなりません。


(撮影:2009.11.7/石岡市)

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表札は烏天狗?

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先日、高尾山に行ってきました。

「何しに?」とは訊かないでください。


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高尾山には薬王院というお寺があります。正式には「高尾山薬王院有喜寺(ゆうきじ)」と言うそうです。このお寺は、成田山新勝寺・川崎大師平間寺(へいけんじ)と並んで真言宗智山派の関東三大本山と称されています。

開山は今をさかのぼること1200年以上前。聖武天皇の時代、天平十六年(744)に行基により開山されたそうです。その後、1376年に飯綱大権現(いづなだいごんげん)を守護神に中興され、修験道の山として信仰を集めたそうです。


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本尊の飯綱大権現は、くちばしと翼を持つ“烏天狗”のような出で立ち。これは不動明王の仮の姿だそうです。写真は本堂の拝殿に掛けられていた巨大な飯綱大権現の面です。一つ上の写真・天狗の面と対になっていました。


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みなさん紅葉を見に来たのでしょうか? 平日にも関わらずものすごい人でした。


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こちらは境内からの眺望です。


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本堂のさらに上には本社があります。こちらには豪華絢爛な装飾が施されています。なぜか日光の東照宮を思い出してしまいました。


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裏側から見ても絵になります。


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高尾山は標高599メートルの山です。地元茨城の筑波山が877メートル(女体山頂)なので、筑波山より300メートル弱低い山ということになります。山頂からは高尾山に連なる山々が見えます。天気がよければ爽快感も倍増だったのですが残念です。


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でも、美しい紅葉が見られたので満足でした。高尾山にはハイキングコースが複数ありますが、山頂からの帰りは尾根筋を降りる「稲荷山コース」をたどりました。


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途中、見晴らしのいい場所があります。本来ならこの方向に筑波山が見えるというのですが、あいにくの曇り空でふるさとの山を拝むことはできませんでした。


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じつは私、高尾山に行くのは今回が初めて。日本一の急勾配を登るケーブルカーに乗って中腹まで行きました。


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最も急傾斜なところで31度18分だそうです。筑波山のケーブルカーの角度は22度41分だそうですから、10度近く傾斜がきついことになります。終点の高尾山駅から下を覗いてみたら、まるでスキーのジャンプ台のように感じました。正直言ってちょっと怖いです。この写真は中間地点で撮ったものなので、あまり角度があるようには見えませんね。


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帰りにケーブルカー・リフト乗り場の写真を記念撮影。まるで駅のような雰囲気です。


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乗り場周辺の紅葉も見事でした。次に来るときは、自然をゆっくり観察したいものです。


(撮影:2009.11.24/東京都八王子市高尾町)

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カタツムリも白髪になるのか?

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なんとも艶のいいカタツムリです。写真で見ると大きさが伝わりませんが、このカタツムリは500円玉よりはるかに大きいです。ベッコウ色に白い斜線が入ったデザインでかっこいいです。

陸産貝類は詳しくないので名前は断言できませんが、ミスジマイマイでしょうか?


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こちらは真っ白なカタツムリです。なんだか色素が抜けてしまったように見えます。相当なお年なのでしょうか? 最近、自分はめっきり白髪が増えてしまい、このカタツムリを見て人ごとではないと感じてしまいました。

こちらのカタツムリの名前は何でしょう? まったく見当がつきません。殻口の反り具合は最初の写真と違うので、ミスジマイマイではなさそうな感じ。いや、なんとなく似ているような気も…。いずれにせよ模様がないのでお手上げです。

よく見ると頭(眼と眼の付け根のところ)にイボみたいな出っ張りがあります。これって、このカタツムリの特徴? それとも病気? あるいはゴミ?

(撮影:上2009.10.21/土浦市、下2009.11.3/石岡市)

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トンネルを抜けるとめがね橋だった

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群馬からの最後のレポートです(場所は群馬と長野を結ぶ碓井峠)。


紅葉の向こうにトンネルがいくつも続いています。以前は、ここを国鉄信越本線が走っていたそうです。群馬の横川駅から長野の軽井沢駅までは傾斜がきつかったので、ラック式鉄道のアプト式の列車が走っていたとのこと。 “鉄ちゃん” ではないので、アプト式と言われてもピンとこない私です。

アプト式を素人なりに解釈すると…線路側に凹凸のある板(ラックと言うらしい)を埋設し、車軸側に歯車を設置して両者を噛み合わせることでしっかりと動力を伝えながら登っていく(降りるときには制動力を発揮する)ようなイメージ。わかりやすく言えば、ギアとギアを噛み合わせる感じですね。ちなみにギアは一枚ではなく。2〜3枚複合させた構造だそうです。ふ〜ん、なるほどね。

このように歯車を噛み合わせたような構造をラック式鉄道と言うらしいのですが、この方式はアプト式以外にもマーシュ、リッゲンバッハ、シュトループ、ロヒャー、フォンロール式などがあるそうです。名前を聞いてもさっぱりわかりませんが、どれもドイツ語風の発音に聞こえます。

鉄道の構造はともかく、なんとも情緒あふれる場所を走っていた路線であることがうかがえます。廃線となってしまったのがものすごく残念です。ちなみに、レンガ造りのトンネルのなかは、まるでワインの貯蔵庫のような雰囲気でした。天井近くのレンガが落ちていないのがとても不思議です。特殊な工法で造られているのでしょうか?


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いくつものトンネルを抜けると橋がありました。めがね橋と言うそうです。


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こちらもレンガ造りで4連アーチ式。聞いた話によると、2万個以上のレンガが使われているそうです。歴史を感じさせる外観もさることながら、芸術性も備えた素敵な橋でした。

信越本線の横川駅からめがね橋までは遊歩道「アプトの道」が整備されています。横川駅の隣には「碓氷峠鉄道文化むら」があります。列車なども展示されていて、鉄道好きにはとても魅力的な施設ではないでしょうか。アプトの道途上には温泉施設もあるので、散策や温泉で一日楽しめそうです。あ〜〜、もう一度行ってみたくなりました。“鉄ちゃん”の友人をそそのかしてみようかしら…


(撮影:2009.11.16/群馬県安中市松井田町)

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時代とともに関は変わる?

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知り合いの関さんが結婚して名前が変わったとか、関さんが異動になり席が変わったという話ではなく、関所の話です。先日、群馬に行ったことを報告しましたが、そのときに碓氷の関所跡を見てきました。たまたま手にした観光パンフレットを見てみると…

「箱根の関所と並び、日本の三大関所の一つに数えられている」。こんな一文が記されていました。ふぅ〜ん、じゃあ三大関所の残りの一つはどこなんだろう? そんなことを考えていたら眠れなくなってしまったのです。そこで、歴史音痴ながら自分で調べてみることに。もちろんネットで検索です(手抜きですな〜)。

江戸時代を例にすると、東海道では箱根関と新居(あらい)関、中山道では碓氷関と福島関、甲州街道では小仏関、日光街道では栗橋関が有名どころのようです。

関東地方からの視点で見ると、箱根と碓氷が順当のような気がします。残りの一つは小仏、あるいは栗橋になるのではないでしょうか。ネット上のあるサイトでは「箱根と並ぶ二大関所」という表現もありました。ベストスリーということで、日本人は無理矢理3つを選ぶ傾向があるような気がします。そんな無理をせずに「二大関所」でいいと思うのですが、いかがなものでしょう?

ということで、江戸時代の関所の話でした。いろいろ調べてみたわけですが、私は歴史に疎いため新居関がどこにあるのか知りません。後から知ったのですが、新居関は今の静岡県にあるそうです。正式名称は今切関所ということでした。福島関はというと、現在の長野県・木曽郡木曽町福島にあるそうです。

さて、時代はさかのぼって古代になると…
日本三関はまったく違うものになります。古代の三大関は、愛発関(あらちのせき)、鈴鹿関、不破関(ふわのせき)だそうです。かろうじて鈴鹿関はわかりますが、残りの二つはどこにあるのかさっぱりわかりません。

愛発関は近江(滋賀県)と越前(岐阜)の国境にあった関。不破関があったのは、現在の岐阜県不破郡関ヶ原町松尾でした。そうそう、平安時代中期以降は愛発関が逢坂関に代わったそうです。この逢坂関は山城国(京都)と近江(滋賀県)の国境にありました。

ここで大きな勘違いがありました。三関を「さんせき」だと思っていたのですが、じつは「さんげん」あるいは「さんかん」と読みます。三関は、古代の日本で近畿周辺に設けられた関所のうち、特に重視された三つの関所の総称だそうです。ちょっと勉強になりましたが、明日の朝には忘れていそうです。とほほ…

蛇足ですが、奥羽三関がどこの関所をさすのかもわかったので書いておきます。奥羽三関とは…念珠関(ねずがせき)、勿来関、白河関です。ここでまたまた謎にぶち当たりました。念珠関ってどこ? 念珠関は、越後(新潟県)と出羽(山形・秋田県)の国境にある関でした。

上記には名称が出てきませんでしたが、東海道の足柄関も忘れてはいけませんね。こちらは駿河(静岡県)と相模(神奈川県)の国境にあったそうです。

ずらずらと書き綴ってしまいました。ブログの著者は、眠いのを我慢して覚えるために書いているのですが、どうやらとんだ徒労に終わりそうです(まっ、メモ代わりになるからいいか?)。では、おやすみなさ〜い。

(撮影:2009.11.16/群馬県安中市松井田町)

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「ギギ」ってなにさ? (魚じゃないよ)

先日、群馬県に行ってきました。

「何しに?」とは訊かないでください。


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途中、妙義神社に立ち寄りました。この神社の創建は、宣化天皇二年(537)と伝えられています。古くは波己曽(はこそ)の大神と言われていたそうです。それにしても、西暦537年とは驚かされます。時代にすると大和時代、大化の改新の100年以上前です。(歴史に疎いので、高校の教科書の年表を見てみました)

ところで、波己曽神社がなぜ「妙義神社」という名称になったのか、不思議だと思いませんか?

さて、話は神社からいったん山のことへ

神社から周辺を眺めると、ゴツゴツした岩肌がむき出しのちょっと男っぽい山々が連なっています。そういえば、妙義神社の近くには妙義山という山があったはず。いったいどの山が妙義山なのかと思ったら、白雲山・金洞山・金鶏山の三峰をまとめて妙義山と呼ぶらしいのです。知りませんでした。

聞いた話によると、その昔…
後醍醐天皇の家来である権大納言長親卿がこの地に住むことになり、初めて訪れたときに周りの山々を見て「明々魏々たる山」と評したそうです。私は漢文にも疎いので、明々魏々を「めいめいぎぎ」と読むのか「みょうみょうぎぎ」と読むのかわかりません。この話がもとになって明魏(みょうぎ)となり、その後に妙義となったそうですから、「みょうみょうぎぎ」と読むのでしょう。(でも、明々白々はめいめいはくはくと読むんですよね〜)

後醍醐天皇の時代と言えば、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけてのことです。1300年代のことですから、今から600年以上前に「みょうぎ」という名称が誕生したのでしょう。もしかすると、波己曽神社が名前を変えたのはこの頃だったのかも。きっと、当初は山の名と同じく「明魏神社」だったのではないでしょうか。気になるのは明魏から妙義に変わった時期とその理由。このことについてはまったくわかりません。もともと歴史音痴なので、上記のことを調べるのも一苦労でした。
(20年以上前の高校の教科書がここで役に立ちました。それにしても物持ちがいいですね、私。ものが捨てられない性格のため、部屋は過去の遺産でいっぱいです)

今回のことを調べて気になったのは、「明々魏々」の魏々の部分。魏ってどんな意味なのかと思ったら、「高く大きい」ことを表す言葉のようです。なるほど、妙義山を近くで見ると、この言葉が出てくるのがわかるような気がしました。じつを言うと、妙義山(白雲山・金洞山・金鶏山の三峰)は、1000メートルそこそこの山。金鶏山にいたっては856メートルです。これらの山を高くて大きいと賞賛するのはいかがなものかとお思いになるかもしれませんが、山が巨大な岩の塊にも見て取れるので、自然の妙を形容する言葉としてははずれていないと思います。

今回は茨城の自然とはまったく関わりのない話題でした。今回の妙義神社の続きもあるのですが、書く気力と時間があったら報告したいと思います。

(撮影:2009.11.16/群馬県・甘楽郡妙義町)

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絶品、きのこうどん

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雑木林で見つけたきのこをうどんの具にして食べてみました!

きのこを採ったのは私ですが、うどんを作ってくれたのは友人のO君。じつは彼、料理がすごく上手なんです。今までに報告したきのこ料理は、すべてO君の手づくりです。

きのこについては、別のブログ「きのこ探検隊」で報告していますので、興味のある方はこちらを覗いてみてください。


(撮影:2009.11.15/石岡市)

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癒される形

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きのこを見ていると幸せになれる自分。目に見えない菌類がデザインする“きのこ”という不思議な物体。色や形がいろいろあって見ていて飽きません。どうしてきのこはこんなに魅力的なのでしょう?

このきのこのことは「きのこブログ」に書いてありますので、興味のある方はこちらにどうぞ。


(撮影:2009.11.15/石岡市)

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上四方固めで一本!

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柔道が得意な蜘蛛の写真です。ちなみにこれは交接のようす。蜘蛛は昆虫のようにお尻とお尻をくっつける交尾をするではなく、触肢(オスの生殖器)から外雌器(メスの生殖器)に精子を送り込みます。

撮影時のことは蜘蛛のブログに書いてありますので、興味のある方はこちらへどうぞ。


(撮影:2009.10.9/石岡市)

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「どんこ、どんこ」の大間違い

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子どもの頃、川の護岸壁にくっついているハゼのような魚を「どんこ」と呼んでいました。よく観察すると模様の違う複数がいたのですが、それでもおかまいなしにみんなひっくるめて「どんこ」と言っていました。

かつて「どんこ」と呼んでいた魚はヨシノボリやヌマチチブであることを知ったのは大人になってから。しかも、ドンコと言う別種の魚がちゃんと存在することも併せて学びました。

写真に写っているのはヨシノボリとヌマチチブです。画面左下に上向きになっているのがヨシノボリ。ヨシノボリにはたくさんの種類があるようですが、写っているのはカワヨシノボリの幼魚だと思います。一方、顔にまで細かい斑点があるのがヌマチチブです。そう言えば、ヌマチチブのことは「だぼはぜ」とも呼んでいました。

撮影したのは土浦市の土浦港に隣接する「ビオパーク」の一角です。この施設は霞ヶ浦浄化運動の一環として設置されたようですが、10月で稼働を停止しました。水の循環が止められた施設内では、そこで暮らしていた生きものたちが干上がった施設内に無残な姿を晒していました。写真はかろうじて水の残っている場所に身を寄せ合っているものたちを撮影したものです。しばらく彼らを見ていたらなんだか悲しくなってきました。環境保全っていったい何なんでしょう?


(撮影:2009.10.29/土浦市)

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