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「ギギ」ってなにさ? (魚じゃないよ)

先日、群馬県に行ってきました。

「何しに?」とは訊かないでください。


0911231
途中、妙義神社に立ち寄りました。この神社の創建は、宣化天皇二年(537)と伝えられています。古くは波己曽(はこそ)の大神と言われていたそうです。それにしても、西暦537年とは驚かされます。時代にすると大和時代、大化の改新の100年以上前です。(歴史に疎いので、高校の教科書の年表を見てみました)

ところで、波己曽神社がなぜ「妙義神社」という名称になったのか、不思議だと思いませんか?

さて、話は神社からいったん山のことへ

神社から周辺を眺めると、ゴツゴツした岩肌がむき出しのちょっと男っぽい山々が連なっています。そういえば、妙義神社の近くには妙義山という山があったはず。いったいどの山が妙義山なのかと思ったら、白雲山・金洞山・金鶏山の三峰をまとめて妙義山と呼ぶらしいのです。知りませんでした。

聞いた話によると、その昔…
後醍醐天皇の家来である権大納言長親卿がこの地に住むことになり、初めて訪れたときに周りの山々を見て「明々魏々たる山」と評したそうです。私は漢文にも疎いので、明々魏々を「めいめいぎぎ」と読むのか「みょうみょうぎぎ」と読むのかわかりません。この話がもとになって明魏(みょうぎ)となり、その後に妙義となったそうですから、「みょうみょうぎぎ」と読むのでしょう。(でも、明々白々はめいめいはくはくと読むんですよね〜)

後醍醐天皇の時代と言えば、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけてのことです。1300年代のことですから、今から600年以上前に「みょうぎ」という名称が誕生したのでしょう。もしかすると、波己曽神社が名前を変えたのはこの頃だったのかも。きっと、当初は山の名と同じく「明魏神社」だったのではないでしょうか。気になるのは明魏から妙義に変わった時期とその理由。このことについてはまったくわかりません。もともと歴史音痴なので、上記のことを調べるのも一苦労でした。
(20年以上前の高校の教科書がここで役に立ちました。それにしても物持ちがいいですね、私。ものが捨てられない性格のため、部屋は過去の遺産でいっぱいです)

今回のことを調べて気になったのは、「明々魏々」の魏々の部分。魏ってどんな意味なのかと思ったら、「高く大きい」ことを表す言葉のようです。なるほど、妙義山を近くで見ると、この言葉が出てくるのがわかるような気がしました。じつを言うと、妙義山(白雲山・金洞山・金鶏山の三峰)は、1000メートルそこそこの山。金鶏山にいたっては856メートルです。これらの山を高くて大きいと賞賛するのはいかがなものかとお思いになるかもしれませんが、山が巨大な岩の塊にも見て取れるので、自然の妙を形容する言葉としてははずれていないと思います。

今回は茨城の自然とはまったく関わりのない話題でした。今回の妙義神社の続きもあるのですが、書く気力と時間があったら報告したいと思います。

(撮影:2009.11.16/群馬県・甘楽郡妙義町)

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