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時代とともに関は変わる?

0911241
知り合いの関さんが結婚して名前が変わったとか、関さんが異動になり席が変わったという話ではなく、関所の話です。先日、群馬に行ったことを報告しましたが、そのときに碓氷の関所跡を見てきました。たまたま手にした観光パンフレットを見てみると…

「箱根の関所と並び、日本の三大関所の一つに数えられている」。こんな一文が記されていました。ふぅ〜ん、じゃあ三大関所の残りの一つはどこなんだろう? そんなことを考えていたら眠れなくなってしまったのです。そこで、歴史音痴ながら自分で調べてみることに。もちろんネットで検索です(手抜きですな〜)。

江戸時代を例にすると、東海道では箱根関と新居(あらい)関、中山道では碓氷関と福島関、甲州街道では小仏関、日光街道では栗橋関が有名どころのようです。

関東地方からの視点で見ると、箱根と碓氷が順当のような気がします。残りの一つは小仏、あるいは栗橋になるのではないでしょうか。ネット上のあるサイトでは「箱根と並ぶ二大関所」という表現もありました。ベストスリーということで、日本人は無理矢理3つを選ぶ傾向があるような気がします。そんな無理をせずに「二大関所」でいいと思うのですが、いかがなものでしょう?

ということで、江戸時代の関所の話でした。いろいろ調べてみたわけですが、私は歴史に疎いため新居関がどこにあるのか知りません。後から知ったのですが、新居関は今の静岡県にあるそうです。正式名称は今切関所ということでした。福島関はというと、現在の長野県・木曽郡木曽町福島にあるそうです。

さて、時代はさかのぼって古代になると…
日本三関はまったく違うものになります。古代の三大関は、愛発関(あらちのせき)、鈴鹿関、不破関(ふわのせき)だそうです。かろうじて鈴鹿関はわかりますが、残りの二つはどこにあるのかさっぱりわかりません。

愛発関は近江(滋賀県)と越前(岐阜)の国境にあった関。不破関があったのは、現在の岐阜県不破郡関ヶ原町松尾でした。そうそう、平安時代中期以降は愛発関が逢坂関に代わったそうです。この逢坂関は山城国(京都)と近江(滋賀県)の国境にありました。

ここで大きな勘違いがありました。三関を「さんせき」だと思っていたのですが、じつは「さんげん」あるいは「さんかん」と読みます。三関は、古代の日本で近畿周辺に設けられた関所のうち、特に重視された三つの関所の総称だそうです。ちょっと勉強になりましたが、明日の朝には忘れていそうです。とほほ…

蛇足ですが、奥羽三関がどこの関所をさすのかもわかったので書いておきます。奥羽三関とは…念珠関(ねずがせき)、勿来関、白河関です。ここでまたまた謎にぶち当たりました。念珠関ってどこ? 念珠関は、越後(新潟県)と出羽(山形・秋田県)の国境にある関でした。

上記には名称が出てきませんでしたが、東海道の足柄関も忘れてはいけませんね。こちらは駿河(静岡県)と相模(神奈川県)の国境にあったそうです。

ずらずらと書き綴ってしまいました。ブログの著者は、眠いのを我慢して覚えるために書いているのですが、どうやらとんだ徒労に終わりそうです(まっ、メモ代わりになるからいいか?)。では、おやすみなさ〜い。

(撮影:2009.11.16/群馬県安中市松井田町)

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