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2010年1月

えっ! 2,000メートル超。火山一家のオヤジさん

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心がズッコケて、ブログが滞っています。前回の戦場ヶ原スノーシューのリポートですが、一週間ほど空けた最終回をお届けします。

さて写真ですが、これは雪の戦場ヶ原を歩いていていたとき撮ったもの。確か、湯滝というところから一時間足らずで着いた泉門池から望んだ山です。ガイドさんのお話では「男体山」とのことでした。

先ほど栃木県の地図を確認したところ、何とこの山2,486メートルもあるではありませんか! 筑波山を見慣れているので、「同じくらいの高さかな?」な〜んて思っていましたが、二倍強いや三倍近い高さです。もっとも戦場ヶ原自体の標高が高いので、山の標高は見た目以上なのでしょうけど…

しかし、標高のわりには冠雪が少ない気がします。来る途中の「いろは坂」にもほとんど雪がなかったので当然と言えば当然ですが、それにしても少ない。今年の冬は雪不足なのかもしれませんね。スキー場はちょっと困っているのではないでしょうか。

話はずれますが、山の名前を教えてくれたガイドさんは、この隣にある山が太郎山、その隣が山王帽子山と言っていました。なんとなく温かみのある名前だなぁと思った私。太郎があるなら次郎もあるはず…と地図上を探しましたが、次郎山は見つかりませんでした。その代わり平五郎と六郎地山という名前を見つけました。きっと、名の由来となる昔話があるのだろうと思います。

そう言えば、男体山はよく耳にする名前です。地元茨城の筑波山が男体山と女体山の二つの頂を持った山なので、聞き慣れているということも影響しているかもしれません。ネットで検索してみたら、写真の男体山には対となる女峰山というのがあるそうで、次郎山はその子ども。ほかに大真名子山、子真名子山という二人の愛子(まなご)を抱えているとか。な〜るほど、火山一家を形成しているということのようです。火山一家とは穏やかな表現じゃありませんね。みんなそれぞれ怒りだしたらとんでもないことになります。いつまでも家族仲よく暮らしてほしいと願うばかりです。


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どうでもいい話を引っぱってしまいました。目先を変えてこんな写真はいかがでしょ。


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はい。こちらは地衣類の写真です。「え〜、またかヨ」ってな感じですが、立派な地衣類だったのでついついシャッターをプッシュ、プッシュ。地元茨城の平地では見たことがないので、もう釘付け状態でした。できることなら、もっともっと撮りまくりたかったのですが、自由の身ではなかったので願望を押し殺すしかありませんでした。あ〜辛かった。

何のまとまりもない戦場ヶ原スノーシューリポートは今回で最終回となります。ていうか…打ち切りですね、こりゃ。


(撮影:2010.1.24/栃木県日光市・戦場ヶ原)

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雪の舗装道路

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戦場ヶ原のつづきです。先日は雪上を歩いてきたわけですが、この日は足に“スノーシュー”という洋風のかんじきを装着してのウォーキングとなりました。

普段は木道のあるところしか歩けませんが、冬の戦場ヶ原は普段足を踏み入れることのできない場所を歩けるのが魅力です。まっさらな雪の上に自分の足跡を残すのは、未踏の道を行くようでちょっといい気分。まるで舗装されたばかりの道を歩くような印象でした。


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空は透き通る青空。この日はおだやかで暖かな天気でした。じつは私、スノーシューは初体験。雪上ウォーキングがこんなに楽しいとは思ってもいませんでした。


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こちらは何だかお分かりになりますか?

これは樹木に張り付いていた地衣類です。茨城県南部では見たこともないものです。標高や環境が変わると生えているものも違ってきます。本当はじっくり観察したかったのですが、遊びで行ったわけではないので思い通りにはなりませんでした。う〜ん、残念。


(撮影:2010.1.24/栃木県日光市・戦場ヶ原)

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非日常と未踏の地

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一面が銀世界です。茨城に住んでいるとこんな景色は年に一度、いや5年に一度ぐらいしか見られないのではないでしょうか。

ここは栃木県、日光の戦場ヶ原です。目の前には茨城県人の私にとって、非日常の世界が広がっていました。遊びではないのですが、冬の戦場ヶ原を歩いてきたので数回に分けて報告したいと思います。

(撮影:2010.1.24/栃木県日光市・戦場ヶ原)

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仏頂山への道

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前回の楞厳寺(りょうごんじ)の記事では、山門の話ばかりになってしまいました。この日はお寺も見てきましたので、一部報告させていただきます。


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こちらは昔の本堂でしょうか? 今は使われていないようですが、かなり立派な建物です。


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大きさもさることながら、造りも立派な印象でした。山門のところに建っていた石碑には「江戸時代初期に本堂が焼けた」とあったので、その後に建築されたもののようです。江戸時代にしては装飾がシンプルな気がします。


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こちらは庭園の一部です。禅宗のお寺ということもあり、境内には宿坊らしき建物もありました。


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じつは、楞厳寺を見た後は山登りと決めていました。お寺のすぐ脇には登山道があり、裏にある仏頂山(標高408メートル)に続いています。


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そうそう、頂上手前にはご覧のような急な階段があります。


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頂上には約1時間で登れます。道草をしなければ、たぶん40分で行けるのではないでしょうか。


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頂上はコナラ、クヌギ、サクラなどが伸び放題なので見晴らしはよくありません。登山道はこの先も続いていて、高峰という標高約500メートルの山まで行くことができます。しかし、この日は時間がなかったこともあり、仏頂山から引き返してきました。


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そして後日、再び仏頂山へ…

今回は、元同僚のOZさんと一緒に登ってきました。高峰まであと少しのところまで行ったのですが、靴のトラブルが発生して引き返してきました。写真は途中で撮影したもの。眼下に見えるのは栃木県の茂木の集落だと思います。那須連峰が望めるかと期待しましたが、遠くに靄がかかっていて見えませんでした。残念。


(撮影:2010.1.5/笠間市、最後の写真のみ1.14)

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今、そこにある価値

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前回の楞厳寺(りょうごんじ)の山門のつづきです。

こちらが山門の全体像です。見るものを圧倒するような荘厳さや豪華絢爛な装飾は一切ありません。ただそこに佇んでいるだけ。しかし、その姿はどこか優しく、懐かしさを感じさせます。

この山門がある場所は多少起伏のあるのどかな山里。周囲に田んぼがある山の麓の静かな土地です。茨城の田舎によくありがちな景観だと思います。そんなありきたりの風景のなかで、山門は精彩を放っています。もしこの山門がなかったら、あたりの風景は味気ないものになってしまうかも知れません。そんなことを想像すると「よくぞここに残っていてくれた」と思わずにはいられません。

そもそも、木造建築物はいつの時代にも数多く造られたはずです。この山門が造られたと言われる室町中期にもたくさんの木造建築が誕生したことでしょう。しかし、現存するのはごくわずかです。室町時代と言えば、1393年から1575年の約180年間。室町中期だと今からおよそ500年前でしょうか。いくつもの時代の変遷をたどって、今なお昔の姿を留めていることになります。歴史音痴な私にでさえ、さまざまなことを考えさせる山門。想像力を刺激してくれることも歴史的建造物の不思議な力だと思います。


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こちらは懸魚(げぎょ)と呼ばれる装飾です。お寺などの切り妻の破風のところにあるのをよく見かけます。水と関係のある魚の尾を模したもののようで、火伏の意味合いがあるそうです。きっと木造建築を火災から守るという願いが込められているのでしょう。ちなみにこの山門には片側に懸魚が三つあります。中央にあるのは拝懸魚(おがみげぎょ)、脇にあるのは降懸魚(くだりげぎょ)と呼ぶそうです。この写真は降懸魚になります。さらに、懸魚にはいろいろな形があります。こちらは「かぶら懸魚」という形のようです。野菜の蕪に似ていることからの命名らしいです。

そういえば、山門の近くにあった説明書きには火災を逃れて残ったと書かれていました。それも懸魚がいっぱいついていた効果でしょうか? (冗談です)

こちらの懸魚には小さいながら鰭(ひれ)がついています。しかし、装飾性はかなり薄いです。この点も江戸時代の建築との大きな違いだそうです。素朴で単純、でもなぜか心引かれる。そんな魅力があるような気がします。


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この部分は木鼻(きばな)と言うのでしょうか? こちらも単純な装飾です。この形にどんな意味合いがあるのかぜひ知りたいものです。


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柱の先端が細くなっています。エンタシスというわけではないと思いますが、ちょっとしたところにも手を加えていることに気づきます。その上に載っているのが方斗、肘木です。


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よく見ると二本の柱がご覧のように修繕されていました。多少なりとも修復の手が加えられているようですが、500年を過ぎて姿を留めている木材の耐久性と美しい肌合いに感嘆の思いがこみ上げてきます。

うわっ、どうでもいい個人的な感想を延々と書いてしまいました。もうこのあたりで止めておきます。

で、つづきはどうしようかな〜

(撮影:2010.1.5/笠間市)

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寺社建築の誘い

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遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。今年初めての更新は、正月気分もすっかり消え失せた8日となってしまいました。本年もどうぞよろしくお願い致します。

こちらは、とある寺院の山門です。昨年から気になっていた建築物を見ようと、新年早々出かけてきました。室町時代の建築だそうです。もともと神社仏閣を見ることは好きでしたが、ある本を読んだことで今まで以上に興味を持つようになりました。その本は、ある宮大工さんが書いた本で、古い時代の寺社建築の魅力をわかりやすく説いたものでした。


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俄然興味を持った私は、茨城に残る古い建築物をネットで検索。さすがに奈良・平安時代の建物は残っているはずもなく、鎌倉時代なら可能性があるかと懸命に探すも検索には引っかかってきませんでした。かろうじて検索リストに上がったのが室町時代のもの。そのひとつが笠間市片庭にある楞厳寺(りょうごんじ)の山門です。

詳しく書くと長くなってしまいそうなので、今回はここで終わりにしてつづきは次回にしたいと思います。


(撮影:2010.1.5/笠間市)

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