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今、そこにある価値

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前回の楞厳寺(りょうごんじ)の山門のつづきです。

こちらが山門の全体像です。見るものを圧倒するような荘厳さや豪華絢爛な装飾は一切ありません。ただそこに佇んでいるだけ。しかし、その姿はどこか優しく、懐かしさを感じさせます。

この山門がある場所は多少起伏のあるのどかな山里。周囲に田んぼがある山の麓の静かな土地です。茨城の田舎によくありがちな景観だと思います。そんなありきたりの風景のなかで、山門は精彩を放っています。もしこの山門がなかったら、あたりの風景は味気ないものになってしまうかも知れません。そんなことを想像すると「よくぞここに残っていてくれた」と思わずにはいられません。

そもそも、木造建築物はいつの時代にも数多く造られたはずです。この山門が造られたと言われる室町中期にもたくさんの木造建築が誕生したことでしょう。しかし、現存するのはごくわずかです。室町時代と言えば、1393年から1575年の約180年間。室町中期だと今からおよそ500年前でしょうか。いくつもの時代の変遷をたどって、今なお昔の姿を留めていることになります。歴史音痴な私にでさえ、さまざまなことを考えさせる山門。想像力を刺激してくれることも歴史的建造物の不思議な力だと思います。


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こちらは懸魚(げぎょ)と呼ばれる装飾です。お寺などの切り妻の破風のところにあるのをよく見かけます。水と関係のある魚の尾を模したもののようで、火伏の意味合いがあるそうです。きっと木造建築を火災から守るという願いが込められているのでしょう。ちなみにこの山門には片側に懸魚が三つあります。中央にあるのは拝懸魚(おがみげぎょ)、脇にあるのは降懸魚(くだりげぎょ)と呼ぶそうです。この写真は降懸魚になります。さらに、懸魚にはいろいろな形があります。こちらは「かぶら懸魚」という形のようです。野菜の蕪に似ていることからの命名らしいです。

そういえば、山門の近くにあった説明書きには火災を逃れて残ったと書かれていました。それも懸魚がいっぱいついていた効果でしょうか? (冗談です)

こちらの懸魚には小さいながら鰭(ひれ)がついています。しかし、装飾性はかなり薄いです。この点も江戸時代の建築との大きな違いだそうです。素朴で単純、でもなぜか心引かれる。そんな魅力があるような気がします。


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この部分は木鼻(きばな)と言うのでしょうか? こちらも単純な装飾です。この形にどんな意味合いがあるのかぜひ知りたいものです。


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柱の先端が細くなっています。エンタシスというわけではないと思いますが、ちょっとしたところにも手を加えていることに気づきます。その上に載っているのが方斗、肘木です。


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よく見ると二本の柱がご覧のように修繕されていました。多少なりとも修復の手が加えられているようですが、500年を過ぎて姿を留めている木材の耐久性と美しい肌合いに感嘆の思いがこみ上げてきます。

うわっ、どうでもいい個人的な感想を延々と書いてしまいました。もうこのあたりで止めておきます。

で、つづきはどうしようかな〜

(撮影:2010.1.5/笠間市)

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