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2011年3月

ばあちゃん、あの時間どこいっちゃったんでせうね

1103311

じいちゃんの家には土間があった。

ばあちゃんは竃でご飯を炊いていた。

みんなが使う厠には新聞紙が置いてあった。

モンペを履いたばあちゃんが

竹籠を背負って歩いているのを見た記憶がある。

じいちゃんは倉の二階で蚕を飼っていた。

私は大人たちの目を盗んで、ときどき二階に上がった。

四角い小さな仕切りの中で、蚕が繭を作っていた。

いくつかの繭から白い蛾が抜け出して、

ぶるぶると羽ばたきをしていた。

でも、彼らは決して飛ばない。

うさぎのように赤い目をした

飛べない蛾の顔を

私はじっと見つめた。



昭和40年代の話です。よく泊まりにいった母の実家の思い出です。


家の片隅には薪やら細い枝がたくさん積み上げられていました。風呂を沸かしたり、竃(かまど)の火を起こしたりするのに使っていたような記憶があります。その竃の鉄製の通風口に「イソライトカマド」と刻印されていたのを今でも鮮明に覚えています。


ものすごい原始的な生活をしていたような印象を与えてしまいますが、テレビや自家用車はありましたし、じいちゃんは元気にスーパーカブを乗り回して近所で油を売っていました(本物の油売りではなく、おしゃべりをしに出かけていた)。じつは、ガス台もちゃんとあったのですが、なぜかばあちゃんは竃をよく使っていました。ちなみにお風呂は、私が幼少の頃は五右衛門風呂でした。


洗濯機(脱水機はない)もありましたが、なぜか屋外の蛇口近くには大きな盥(たらい)と大小の洗濯板が置いてあります。四角い固形石鹸を洗い物にこすりつけて、ばあちゃんがごしごしやっていた姿を今でも思い出します。


以上のような、半原始的あるいは半近代的な生活をしていた時代に生を受けて現在に至っているわけです。そんな私は、しばらく前からあることを思ってます。

ばあちゃん、あの時間どうしたんでせうね?

ええ、昔たいへんな思いをして

家事をしていたあの時間ですよ


ばあちゃんの時代に比べて、現代は格段に進歩しています。洗濯機は全自動、おまけに乾燥機まであります。食器を洗う機械まで登場しましたし、強力な掃除機だってあります。


家事に費やされる時間は、昔と今では大幅に違いがあるはず。短縮されて余るはずの時間はいったいどこに行ってしまったのでしょう? 



大正時代の有名な詩人、西條八十。彼の詩に『帽子』という作品があります。森村誠一の小説『人間の証明』で一躍脚光を浴びた詩です。


その詩の一節を思いだすと、上記のようなことを考えてしまう自分。詩が訴えかけてくることとはまったく関係ありませんが、どうしても「帽子」と「時間」が重なってしまうのです。


やっぱりこれも妄想でしょうね

1103312


『帽子』


母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?

ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、

谿底へ落したあの麦稈帽子ですよ。


母さん、あれは好きな帽子でしたよ、

僕はあの時、ずいぶんくやしかつた、

だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。


母さん、あのとき、向ふから若い薬売が来ましたつけね、

紺の脚絆に手甲をした。

そして拾はうとして、ずゐぶん骨折つてくれましたつけね。

けれど、とうとう駄目だつた、

なにしろ深い谿で、それに草が

背たけぐらゐ伸びてゐたんですもの。


母さん、ほんとうにあの帽子どうなつたでせう?

そのとき傍らに咲いてゐた車百合の花は

もうとうに枯れちやつたでせうね、そして、

秋には、灰色の霧があの丘をこめ、

あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかもしれませんよ。


母さん、そして、きっと今頃は、

今夜あたりは、

あの谿間に、静かに雪がつもつてゐるでせう、

昔、つやつや光つた、あの伊太利麦の帽子と、

その裏に僕が書いた

Y・Sという頭文字を

埋めるように、静かに、寂しく。

(2枚の写真は、角川文庫の西條八十詩集と巻頭のカラーページに掲載された『帽子』の一部分です)

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日本語第六の母音、ふろぼいん

(以下に記される内容は、かなりばかばかしいものです。妄想めいた話ですので軽く読み飛ばしてください)


110330

日本語には「あ・い・う・え・お」という五つの母音があります。ところが、これに当てはまらない不思議な母音を聞ける場所があります。


それは…お風呂。


私は仕事柄、関東一円に出かけて各地で風呂に入ります。それは大浴場と呼ばれる大きな風呂ですから、いろんな人たちと一緒です。男風呂なので老若男女とはいきませんけど、老若さまざまな人たちとひとときを過ごします。


私が湯船につかっていると、必ず何人かが後から入ってきます。


“チャポッ”


ゆっくりと屈みながら、胸のあたりまでお湯につかると…


多くの人が「あ」に濁音を付けたような、「う」を絞り出すような、とても妙な声を発します。嗚咽でもないし、感嘆でもないし、唸りでもないし…歓喜の声でもありません。


子音がつかないので言葉にはなっていませんが、その一音で「気持ちいい」と表現する音のようです。ある時には「ああ、極楽極楽」というように聞こえることがあります。


とても興味深かったので、「あ」と「う」の割合をなんとなく調べてみました。


どちらかというと「あ」の方が多いような気がします。でも、よ〜く耳を澄ますと、「あ」と「う」の中間の言葉に濁音のようなものが混じった複雑な音であることに気づきます。いろんな場所で聞き比べましたが、「い」「え」に近い音はほとんどありませんでしたね(ごくたまに、お〜 と言う人がいました)


この言葉を発せられるようになるには生後約30年はかかるようです。ちなみに20代でマスターしている人はいませんでした。似たような声を出す人はいましたけど、まだまだ本物ではありません。早くて35歳、40代になるとほとんどの人が発声法を会得しているように思えました。


女風呂には入っていないのでわかりませんが、たぶんこの不思議な母音を発声できる女性は皆無なのではないでしょうか。


これはきっと、中年以上の男だけが発することのできる秘密の音、第六の母音なのだと思います。もちろん、私も発声できます。これからも日々、自宅の風呂で発声法に磨きをかけていく所存です(あ〜 う〜)。


ところで、日本に住む西洋人…英語やフランス語、ドイツ語などを話す外国人のなかにこの音を発せられる人はいるのでしょうか? (これをマスターできれば本物と言ってよいのではないでしょうか)

さて、写真はタマキクラゲというきのこです。ぷるぷるぷるりんとしたかわいいヤツです。降雨後の雑木林に行くとあちこちで見ることができます。このきのこは落ちた枝に生えていることが多いです。枯れ枝をいち早く分解してくれるなかなかの優れものと言えるでしょう。


ここ数日まめにブログを更新しています。3月11日の大地震以来ほとんど仕事がなくなりました。帰宅時間が今までのように深夜に及ぶこともないので、ブログを書く余裕があるというわけです。


このタマキクラゲは去る3月22日に撮影しました。この日は自宅待機を命ぜられており、あまりにも暇だったので雑木林にきのこを探しにいきました。放射能の雨が降るなか傘もささずにのこのこと…


さすがにまだきのこの発生時期ではないようで、タマキクラゲくらいしか生えていませんでした。話は変わりますが、きのこは割と放射能を濃縮しやすいようです。今年はいろいろなきのこを食べてみようかなぁなんて思っていたのですが、それにはちょっと勇気が必要なようです。

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このドロップは河合君の。佐久間君のじゃないよ

1103291
わが家にカワイ肝油ドロップがやってきました。


小学生の息子の発育が悪いので、かみさんが心配して購入したようです。


自分も子どもの頃(昭和40年代)よく舐めていましたが、体は大きくなりませんでした。きっと息子も同じだろうと思います。


子どもの頃はあんなに好きだったのに、今目の前にあっても舐めようという衝動が起こりません。なぜあれほど好きだったのでしょう?


ドロップの周りについているザラザラした甘いもの(グラニュー糖?)が好きだったのか、それともあのグニュグニュとした食感がたまらなかったのか、はたまた秘密の薬を口にしているという興奮に酔いしれていたのか…


缶のふたを開けた時にほのかに漂ってくる薬っぽい匂いは、妙に子ども心をくすぐりました。黄色い缶に描かれた健康そうな男の子。彼が笑顔で「おいしいよ!」と言っているようで、母親の目を盗んではいくつも口に放り込んでいたのを思い出します。


それほど好きだったこのドロップが、河合製薬株式会社の製品ということをすっかり忘れていた自分。この「うっかり八兵衛的記憶喪失」のことはだいぶ前に書いたブログで報告しました。そのときなぜか自分は「サクマ肝油ドロップ」だと勘違いしていたのです。ドロップと言えば、あの四角い缶に入っているサクマ式ドロップの印象が強烈に残っています。それと交錯してしまったというわけです。


この楕円形の黄色い缶は、紛れもなく「カワイ肝油ドロップ」です。もう二度と忘れません! あんなにお世話になったのに、恩知らずなボクをどうぞお許し下さい。

1103292
子どもの頃、このドロップは鮫(の肝臓?)から造られていると聞かされた記憶があるのですが事実はどうなのでしょう? 気になって同社のホームページを見たら、「魚のタラの肝臓を絞って凝縮した肝油にはビタミンAやDが豊富に含まれ、栄養学的に非常に優れています」という記載がありました。自分は鮫の体から造られているという話にロマンを感じていたのですが、事実は違ったようです。


ちなみに、現在は魚油からではなく日本薬局方に沿って造られたビタミンA・Dを混ぜ合わせた原料で製造しているそうです。


鮫からタラへ、そして魚油から合成(?)へ、私のなかでは肝油ドロップのロマンがどんどん薄れていってしまいます。今も昔も変わっていないのは、黄色い缶の上で微笑んでいる男の子の顔だけでしょうか。あ〜なつかしい



ここ最近、なぜかお薬系の話が多くなっています。


そう言えば、前回報告した「タウリン」の件です。


タウリンをネットの検索にかけると、放射能の体外排出に効果があるとかいうニュアンスのサイトに出会います。本当か嘘かわかりませんが、放射能問題が話題を独占しているこの状況ですから、ひょっとするとあの栄養ドリンクが今後売れまくるということもあり得るかもしれませんね〜

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猫にあげたい「ファイト一発」

110328
薬のコマーシャルで、訳の分からない成分を強烈にアピールするものをよく見かけます。


どんな物質なのか、どんな作用をするのか、名前を聞いただけでピンと来る人は少ないはずです。でもなぜか「体にいいものなんだろうなぁ〜」とか「効果のある成分なんだろうなぁ〜」なんて思い込んでしまいます。(恐るべし、コマーシャルの魔術)


たとえば、こんな名称を耳にした事があります。


「タウリン1000ミリグラム配合」
すげ〜、4桁の数字だ。ものすごい量が含まれている。ん? これって1グラムのことか。でも、あの小さな瓶に1グラムってすごいかもしれない。でも、今までは何ミリグラム入っていたんだ? ま、いいか。増量されてお得ってことなんだろう…


「塩化リゾチーム配合」
う〜ん、いったいどんな成分なんだ?


「イブプロフェンがやさしく効く」
薬の場合、やさしいってどういう事だろ? 効き目がゆっくりなのか、副作用が少ないのか、それとも夢心地にさせてくれるのだろうか?


ほかにも、湿布などの成分としてフェルビナクとかインドメタシン、風邪薬などの塩酸ブロムヘキシン、アセトアミノフェン、非ピリン系、ほかにも胃薬のH2ブロッカーなどいろいろな名称を聞いたことがあります。



どうなんでしょ、薬を購入するみなさんはそれぞれの成分の効用や副作用などを調べてから選んでいるんでしょうか。


自分はあまり薬を飲まないので真剣に考えた事はありません。ただし、塗り薬や湿布にはお世話になっているので多少気に掛かります(腰痛持ちなので)。


昨年も湿布薬にお世話になりました。購入する際に比較検討したら、フェルビナクという成分が各製薬メーカーの湿布に含まれていました。ところが、製品によって含有率が違うんです。よ〜く見たら含有率が高いものは値段も高いのです。べつにケチったわけではないのですが、自分は真ん中あたりの含有率のものを購入しました。じつは、薬に関して持論があるんです。


まず、過ぎたるは及ばざるが如し。薬効成分は多けりゃいいってもんじゃないと思っています。そして、副作用のない薬はあり得ないということ。


以上簡単ですが、そんなことを基準に選んでいます。飲み薬を買う時には、ひょっとすると成分まで調べるかもしれません。調べても理解できないでしょうが…



さて、いつものように前置きが長くなってしまいました。今回は「気になるあの成分」として、タウリンを調べてみました。ちょうど家族の誰かが飲んだ瓶が転がっていたので…


いったい、タウリンとはどんな物質なのか? ウィキペディアで調べてみました。


*タウリンは生体内で重要な働きを示す分子。
*含硫アミノ酸から合成される。
*アミノ酸と誤記されるが、カルボキシル基を持たないのでアミノ酸ではない。
*別名アミノエタンスルホン酸

その具体的な作用とは

*胆汁酸の分泌を促進し、肝臓の働きを促す
*肝細胞の再生促進
*細胞膜の安定化

以上、ウィキペディアより。


構造式はNH2CH2CH2SO2OHで、確かにCOOHというカルボキシル基(カルボキシ基ともいう)は見当たりません。ネット上の情報ではアミノ酸のひとつと表記しているものが見受けられます。健康増進のヒントやサプリメントの販売に関するサイトの説明文に多いような気がしました。

(構造式の数字は本来小さいもので表記すべきですが、自分のパソコンでは小さくできないので大きな数字で表記しています)


タウリンという言葉はギリシャ語で雄牛を意味するものだそうで、1827年に雄牛の胆汁から発見された事に由来しているのかもしれません。


体内では胆汁の主成分である胆汁酸と結合して、タウロコール酸として存在しているようです。消化作用を助けるほか、神経伝達物質としても機能しているとのことでした。ほ乳類では肝臓や肺、筋肉に多く分布しているようです。


タコやイカなどの軟体動物はタウリンを多く持っているそうです。ちなみに、スルメイカの表面に出る白い粉にはタウリンが凝縮されているとか。栄養ドリンクもいいですが、スルメイカもいいみたいですね。


さて、タウリンと言えば栄養ドリンクです。あの強烈なキャッチフレーズを耳にすれば、一本飲み干すごとにみるみる力が湧いてきそうな気がしませんか?


日本では合成品は医薬品扱いで、主に医薬部外品のドリンク剤の主成分になっています。有名どころと言えば、何と言ってもファイト一発の「リポビタンD」(大正製薬)。ほかにも第一三共ヘルスケアの「Regain」、大鵬薬品工業の「チオビタドリンク」などがあります。今回写真で登場したのはエスエス製薬の「エスカップ」です。(うさぎちゃんのマークがかわいいですね〜)


ちなみに、天然抽出物(イカやタコから抽出したのかしら?)は食品添加物として認められているそうで、強化物として育児用粉ミルクにも添加されているとウィキペディアにありました。お〜、知りませんでした。赤ちゃんもファイト一発の力がありそうですな。ほかにも、目の新陳代謝を促進する働きがあるので目薬の成分として使用されることもあるそうです。まさに、目から鱗的な情報です。


さ〜、レポートも終盤です。ウィキベディアには「タウリンの代謝」という項目に下のような記述がありました。全文コピーして転載します。


………………………………………………………………
合成経路においてはまず、タンパク質の構成成分にもなる含硫アミノ酸であるシステインからシステイン・ジオキゲナーゼによりシステイン酸が合成される。タウリンはシステインスルフィン酸デカルボキシラーゼ(スルフィノアラニン・デカルボキシラーゼ)によりこのシステイン酸から合成される。ヒトはこの合成経路の両酵素をもつため、タンパク質を摂取していれば、タウリンの形での積極的摂取は不要である。胆汁酸と縮合したタウロコール酸はコリル・コエンザイムAとタウリンから合成される。タウリンは尿中に一日約200mgが排泄される。
………………………………………………………………


人は合成に必要な酵素を持っているので、タンパク質さえ摂取していれば体内で作り出せるようですね。しかも、タウリンの形での積極的な摂取は不要とあります。う〜ん、ここ重要ですね。この一文は、解釈の仕方によっては製薬会社への宣戦布告とも受け取られそうです。さらにだめ押し的な文章が文末で光っています。「タウリンは尿中に一日約200ミリグラムが排泄される」。これって過剰なものが捨てられるってことでしょうか? 余っているのに1000ミリグラムを摂取したらどうなるのでしょう。合計1200ミリグラム排泄されるということ?
(栄養ドリンクを飲んだ後におしっこの色が変わるのと関係あるのかしら)


肉体的な機能には個人差があるので、この数字がそのまま当てはまるとは思いませんけど、いかがなものでしょう。気分だけでもファイトが出るようなら飲んだ効果もあるというものです。全面的な否定はできないと思います。私も時々、心の中で「ファイト一発」と呟きながら飲んだりしています。不思議なもので、「効くんだ」「効くはずだ」と念じながら口にすると元気が湧いてくるような気がします。それだけでも十分有効かと思います。これってプラセボ効果(プレシーボ効果)っていうやつでしょうか…


きっと私はこれからも栄養ドリンクをときどき飲むことでしょう。でも、今回の一件で「必要ない」という情報が頭に入ってしまった以上、今までのようなプラセボ効果は期待できないかも。世の中には「知らない方が良かった」という情報もあるのかもしれませんね〜


そうそう、ウィキペディアだけの情報ではいけないと思い、ほかのサイトの情報にも目を通してみました。検索に引っかかったのは、ほとんどが健康増進アドバイスやサプリメント販売のサイトでした。そのどれもが、健康維持や増進のためにはタウリン摂取がとても有効だと説いていました。なかには継続的な摂取が望ましいと迫るものもありました。確かに、健康状態によっては摂った方がいいという人もいるのかもしれません。でも、「体内でこんな働きをしている」とだけ説明して「さぁ、飲んだ方がいいですよ」と迫るのも…


ちなみに、どのサイトも「一日約20ミリグラムが尿と一緒に排泄されている」とは書いていませんでした。



そう言えば、今回のタイトルにある猫の話がまだでした。


ウィキペディアによれば…猫はタウリンを合成する酵素を持っていないので、彼らにとっては重要な栄養素なんだそうです。なので、キャットフードにはタウリンの含有量を明記したものが多いとか。猫はタウリンが欠乏すると拡張型心筋症が生じることがあるようです。たまにはイカやタコを齧らせるのもいいのかもしれませんね。あるいは栄養ドリンクを飲ませてファイトを奮い起こさせても…

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羊飼いの少年と余震/狼が来なければいいな

1103271
3月11日の大地震以降、ずっと余震が続いています。遠くの方からドドドドッと来るもの、いきなりガタガタッと真下の方から起こるもの、なかには音もなく静かに地面を揺らし続ける不気味なものがあります。


あまりにも多発するので、ちょっとやそっとでは慌てないようになりました。ただし、たまに起こる大きな揺れにドキッとすることもあります。


余震が起こるたびに思い出すのは、イソップ童話の「羊飼いと少年」の話。


「狼が来たぞー」と何度も大人たちを驚かせてはおもしろがっていた羊飼いの少年のあの話です。最後には、本当の狼がやってきたときに大人たちが助けに来てくれず、少年が食べられてしまうという結末の寓話だったように記憶しています。


この寓話は「嘘はいけない」という訓話的なお話なのでしょうが、衝撃的な情報でさえ繰り返し流されると習慣化して麻痺してしまうということも示唆しているような気がします。


余震に関しては寓話のような慣れのような状態に陥っていますが、今回の地震では放射能の飛散という深刻な問題が別にあります。地震のようにいつどこで起こるかわからないという不確定な災害ではなく、放射能の問題は今起こっている事であり、将来背負わなければならない「負の未来」にもなりかねないので、すべての人に緊張と不安を持続させているのだと思います。


幸い茨城県南部は致命的な被災状況ではないので、二週間余りを経過した今、客観的に今回の地震を振り返る事ができます。しかし、一方では深刻な被害を受けた茨城県沿岸部や東北地方の人たちは、住む場所や水や電気、食料に不自由した生活を強いられているわけです。そのことは忘れないようにと常々胆に命じています。しかし、社会生活が元の状態に戻って来たこともあり緊張感が薄らいできているのも事実です。


そんななか、余震が起こるたびに本物の狼(地震)が来なければいいなぁと思っています。



写真は庭の一角にはびこっているゼニゴケ坊や。今年も胞子(正確には精子)をまき散らす新しい器官が成長し始めました。庭いじりを愛する人たちには嫌われ者のゼニゴケですが、私はそれほど嫌いではありません。


このコケ、一度はびこると除去はそうとう困難です。本体を引きはがして捨てても、またどこからとなく生えてきます。除去するには土をまるごと入れ替えるか、生えている場所の環境を一変させるかのどちらかしかないでしょう。環境を変えるというと、直射日光が当たるようにするとか、乾燥状態にするとか、大がかりな作業になります。


(無理な事とは存じますが、いっそのことゼニゴケを好きになるほうが手っ取り早いかもしれません)

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持ってけ! ドロボー

(今回は「妄想」のカテゴリーに分類されるお話です。あまり本気になって読まないでくださいね!)


110326
コンビニエンスストアや駅の構内には、さまざまなパンフレット・小冊子が棚に並んでいます。それらの表紙によく見かけるのが「TAKE FREE」という文字。タケフレー、じゃなくてテイク・フリー。


この英語を見ると、いつも思い出してしまう日本語があります。それが…


持ってけ! 泥棒


品のない私だからこの言葉を連想するのであって、普通の人なら「どうぞ、ご自由にお持ち下さい」という言葉を思い浮かべるに違いありません。


そこで、改めて「持ってけ、泥棒」という言葉の意味を探ってみました。なかば自棄糞(やけくそ)な言動の一種とも受け取れるこの威勢のいい言葉には、実はふか〜い意味があるように思えてなりません。まずは、他の言葉に置き換えるとしたらどんなものがあるのか考えてみました。


「損を覚悟の、大盤振る舞いだぁ」
「もういいよ、好きにしな」
「気に入った、これ上げるよ」
「ツイてるね、あんた。特別だよ」
「自由に持っていっていいよ、その代わり…」
もっと時間をかければ、ほかにもいろいろな言葉が浮かんできそうです。


そうなんです、場面によって言葉の意味やニュアンスが変わってきます。表現上は相手に投げかけている言葉でありながら、結果としては自分自身を納得させる手段として発している場面もあるでしょう。スケールは小さいですが悟りの一種とも解釈できます。「呪文」いや悟りに達するための「お経」とでも言いましょうか…


いやいや、本気で商売をしている人ならそんな清廉な心から言ったりはしないかも。きっと、計算ずくめ、心理作戦の布石として地雷のようにその場に置くのでしょう。究極の駆け引き道具の一種かもしれません。



また一方では、自分の勝手な想像ですが…
この言葉には“江戸っ子”の気質が表れているよう気がするのです。たとえば私の脳裏に浮かんだのは以下のような情景。


長い商談をしているうちに面倒くさくなって損得勘定を投げ出してしまった。
商談をしているうちに身の上話を聞いてしまい思わず同情してしまった。
軽快な話のやり取りに、ついつい気分が良くなってしまった。
話をしているうちに相手の事が気に入ってしまった。

その結果、「持ってけ! 泥棒」


江戸っ子と言うと直情的な人間という先入観が私にはありますので、以上のようなことを想像してしまうわけです。


ところでどうなんでしょう? 関西でも「持ってけ、泥棒」という言葉は通じるのでしょうか(意識の中にあるのでしょうか)。


もっとも今の世の中、関東いや茨城でさえ日常使ったりはしません。気心の知れた人に対して、冗談まじりに言ったりするくらいです。


さて、もっと視野を広げて…世界の中には「持ってけ、泥棒」的な言葉はあるのでしょうか? 私のいい加減な推察として、イタリア、タイあたりにはありそうな気がしているのですが…


この言葉が持つ独特の感覚は、もしかすると日本人にしか理解できないものなのかもしれない。な〜んて思ったりもします。



今日たまたま部屋の片隅にあった懐かしいパンフレットを目にし、ブログのネタにしました。


これは、とある門前町の参道にあるお店を紹介したマップ付きガイドです。私ともう一人(カメラマンじゃなくてカメラウーマン)ですべての写真を撮り、解説文を書きました。


いや〜、なつかしいなぁ。


(今、自分は違う業界に転職しています)


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さまよう神経伝達物質と悩むシナプス

前回からのつづきで、抗コリン作用について。
その前に脳神経の細胞同士をつないでいるシナプスのお話を…


高校の生物の教科書の解説図に、樹状に広がった円盤から紐のような軸が伸びている奇妙な生きものが描かれていたのを見た記憶はないでしょうか。


それが脳細胞で、いくつもの脳細胞同士をつないでいるのがシナプスだと教えられたような気がします。そこにはトイレ掃除の吸盤みたいなシナプスと、それに向き合う受け皿状のシナプスの拡大図が示されていました。


この両者の間では神経伝達物質のやり取りがあると教科書に書いてあったような気がします。伝達物質にはセロトニン、アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミン(ドパミン)、βエンドルフィン、アセチルコリンといったカッコいい名前がつけられていました。ちなみに、解説図では両者の間に大胆な隙間が空いていましたけど、実際はほとんど密着しているような状態だそうです。


シナプスには前細胞と後細胞があるそうです。トイレの吸盤みたいなのが前細胞で、受け皿みたいな方が後細胞にあたります。神経伝達物質は前細胞から放出され、受容体(レセプター)のある後細胞に向かいます。刺激の種類に応じて放出される伝達物質が決まっていて、受容体もそれぞれの物質に対応したものが各種配置されているようです。セロトニンにはセロトニン受容体、アドレナリンにはアドレナリン受容体といった具合です。


放出後、シナプスの間隙に残ってしまった伝達物質は前細胞が再取り込みをするか、特定の酵素によって不活性化(あるいは分解)されるとのこと。刺激が永続的にならないように工夫されているようです。再取り込みをしてまた使うなんて、とてもエコな仕組みです。ひょっとして、作り出すのに相当なエネルギーを消費する物質なのでしょうか?

さあ、話を前回のお薬・パモ酸ヒドロキシジンに戻しましょう。


子どもの蕁麻疹の薬として処方されたこのパモ酸ヒドロキシジン。抗ヒスタミンという薬効だけでなく、抗うつ薬としての効果もあると前回報告しました。


さて、抗うつ薬の実体はどんなものかというと…神経伝達物質のセロトニンやノルアドレナリンなどの再取り込みを阻害することによって、うつ症状を軽減するというもの。この二つの神経伝達物質は、うつ症状に深く関わっているといわれています。


極端な表現をすると、冷静(抑制的)な覚醒に作用するのがセロトニン、高揚的な覚醒に作用するのがノルアドレナリンです。この二種の均衡がとれた状態が理想です。つまり、通常の脳は両者の量が一定に保たれた状態を作り出しているわけです。この均衡が保てない、あるいは欠乏してしまうとうつ状態に陥りやすくなるようです。


ヒドロキシジンは、セロトニンの再取り込みを阻害する薬だそうです。取り込み口であるセロトニントランスポーターを塞いで、セロトニン濃度を高いまま維持させます。そんな薬効を持つ薬をSSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors)と呼ぶそうです。日本語で言うと選択的セロトニン再取り込み阻害薬。なんとなくカッコいいですね〜


ところがいいことづくめではありません。アセチルコリンが受容体(正確にいうと、ムスカリン受容体とニコチン受容体に大別されるらしい)に結合するのを阻害してしまうそうです。アセチルコリンによって制御されている組織にはよからぬ影響が出てしまうそうです。結果として現れるのが、薬の説明文にあった以下の症状になるわけです。


眠気、倦怠感、口が渇く、気持ちが悪い、食欲がない、胃の不快感、頭痛、めまい、便秘など。このほか、緑内障患者は眼圧が上昇したり、前立腺肥大症の人は尿が出にくくなったりするとのことです。

話が長くなってしまいました。つまり、「抗コリン作用」とは抗うつ剤の副作用のひとつ、アセチルコリン受容体への結合阻害という事です。



前回からの続きで長々と薬の話を書きましたが、まったくの素人ですから間違った記述があるかもしれません。ですので、書いてある事はご自身で一度検証していただくことをおすすめします。


話は変わります。


今回に限らず、学術的なことにちょっと足を踏み入れた記述をすると、いつも感じてしまう事があります。専門的な知識は何も持っていないのに、あたかも知っているかのように書いてしまうこと。これには気が引けます。なので、「○○だそうだ」とか「○○らしい」などという曖昧な文末が多発することになります。


よ〜く考えてみると、自分が発見した事なんてほとんどありません。すべて専門科の先生たちが人生をかけて解明した答だけをかき集めただけ。自分が発見した事なんて、クワガタやカブトムシがどんなとこにいるかってことぐらい。ほかにもいくつかありますが、同程度のレベルです。


つくづく情報って価値のあるものだと感じます。たちどころに情報が手に入るインターネットは特に便利だなぁと思います。

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アレルギーと鬱の関係/薬から探る脳の生理

薬は病気を治してくれない
治すのは自分自身の力
薬は手伝いをしてくれるだけなのだ
なければ、体が自分でなんとかする
かもしれない…


妄想めいた事を思う自分。
どちらかというと医者嫌い、薬嫌いです。
たまに栄養ドリンクをジュース代わりに飲んだりはしますけど、飲み薬はもう何年も飲んでいません。

こんな偏った考えを持つ自分とまったく対局の位置に立つのが妻です。子どもに何か異変があるとすぐに医者に連れて行き、もらってきた薬を飲ませます(それで安心している)。私は歓迎しないのですが、意見すると喧嘩になるので黙っています。

薬に頼ってばかりいると肉体が持っている本来の機能を弱めるような気がしてなりません。もちろん、「こりゃイカン!」「様子が変だ!」「我慢の限界を超えている」と思ったときには医者に連れて行きます。でも、発熱してだるそうにしているくらいなら十分に睡眠を取らせて、翌朝の回復具合で判断したいと思います。こんな考えを持つ私を妻は「変人!」と言い、白い目で見ます(あの目で凝視されると、自分が人間じゃないような気になってくるのがとても悲しいです)。

極端な事を言わせてもらいます。今のお年寄りは薬漬けになっていますけど、子どもたちも薬漬けになりそうな傾向があるのではないでしょうか。

前置きが長くなりました。

1103231

先日、首の周りと耳の後に蕁麻疹ができた子どもが薬をもらってきました。それがこれ。アタラックスPという薬です。説明書きにはこうあります。

………………………………………………………
湿疹や皮膚炎を伴うかゆみやじんましんの症状を改善したり、不安や緊張を和らげる薬です。アレルギー反応を引き起こすヒスタミンの働きを抑制してアレルギー症状を軽減し、また、中枢に作用して神経症を改善します

眠気、体がだるい、口が渇く、気持ちが悪い、食欲がない、胃の不快感、頭痛、めまい等が現れる事があります。
………………………………………………………


気になる一節があります。「不安や緊張を和らげる薬です」とはいったいどういうことでしょう。アレルギーの薬効とは関係ないような気がします。さらに、「中枢に作用して神経症を改善します」とは? 辻褄が合っているような、ちぐはぐなような、妙に説得力がありますけど、よく読むとキツネにつままれたような気分になる文章です。(個人的には新造語として「タヌキに耳打ちされた」と表現したい)

下段の文章に至っては悪いことづくめ。とても役に立つ薬とは思えぬ症例が列挙されています。よ〜く考えれば、「薬は怖いものなんだ」ということを暗にほのめかしているような気がしなくもありません。勘ぐれば切りがありませんが、もしものときの責任回避ともとれます。「承知の上で服用すること」という念書みたいなものでしょうか?


結論から言いますと、この薬は抗うつ剤としても効果があるようです。製造元はファイザー社(抗うつ剤としては塩酸ヒドロキシジンという成分が効力を発揮するようです)。

今回、子どもがもらってきたのはパモ酸ヒドロキシジンという成分が含まれています。薬に関する詳しい事はわかりませんが、塩酸の部分がパモ酸に置き換わった薬のようです。化学物質は組成の一部が別のものに置き換わるとまったく違う活性を示すものがありますが、ヒドロキシジンは皮膚科領域・神経科領域の両方に効果を発揮するみたいです。ちょっと難しく言うと、皮膚科の領域では「抗ヒスタミン薬」、神経科の領域では「抗うつ薬」という二つの顔を持っているということでしょうか。抗ヒスタミン薬としては開発時期がかなり古い「第一世代抗ヒスタミン薬」に分類されています(そのため、価格の安いジェネリック医薬品になっていると思います)。

ひとまず、かゆみという視点でこの薬を見てみました。

かゆみやアレルギーと言うと必ず出てくるのがヒスタミンという言葉。ヒスタミンと言うとかゆみの原因物質という先入観を持つ自分ですが、詳しい事はあまりよく知りません。


ヒスタミンは私たちの体の中でも合成される物質であると同時に食物からも摂取しています(体の中では必須アミノ酸のヒスチジリンから合成されます)。人間の体の中にはいろいろな細胞がありますが肥満細胞や好塩基球、ECL細胞などが産生するとのこと。なかでも肥満細胞内には高濃度で存在しているそうです。普段は細胞中の顆粒に貯蔵されているらしいのですが、細胞表面の抗体に抗原(アレルギーの原因物質)が結合すると細胞外に放出されます。

ヒスタミンは痛みやかゆみを感じる知覚神経を刺激します。その刺激が脳に伝えられ、さらに神経終末に伝えられ神経ペプチドと呼ばれる神経伝達物質を放出させる事になります。この神経ペプチドは肥満細胞を刺激してヒスタミンの放出を促します。こうなると、まるで「かゆみのエンドレスサイクル」のような様相ですね。素人としては、いったいどこでかゆみが止まるんだろうと心配になります。でも、確かに「掻きだすと止まらない」という悪魔の連鎖の原理がよ〜くわかります。

抗ヒスタミン薬ということは、このヒスタミンの分泌を抑制することなのでしょう。細胞上にあるヒスタミンの受容体はH1〜H4までの4つがあるそうです。そのうちのH1がかゆみと関係のある受容体で、皮膚や粘膜、気道平滑筋などに存在するとのことです。このH1受容体にヒスタミンがくっつかないようにする拮抗薬のひとつがアタラックスP(パモ酸ヒドロキシジン)というわけです。

かゆみやアレルギーに対する薬効を持つパモ酸ヒドロキシジンですが、ご多分に漏れず副作用がついてきます。それが、薬の説明文の引用にある下段の症状です。改めて記すと…

眠気、体がだるい、口が渇く、気持ちが悪い、食欲がない、胃の不快感、頭痛、めまいなど。

これらは、パモ酸ヒドロキシジンが持つ「抗コリン作用」というもののようです。さて、抗コリンとは何でしょう? コリンと言えばアセチルコリン。きっと頭(脳)の中で起きている生理現象に違いありません。

あまりにも長く書き過ぎたので、つづきは次回にしたいと思います。

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それでも春は来る

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3月11日の震災からすでに一週間が過ぎました。

少し落ち着きを取り戻し、改めて外を見回してみると…

あちこちにタネツケバナが咲いています。ものすごく地味で目立たない花ですが、覚えてしまうとそこらじゅうに咲いている事に気づきます。

梅もいい、桜もいい、椿もいい。でもね、私にとって春の訪れを実感させてくれるのはこの花です。


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耳を澄ませは、大空でヒバリの鳴き声が高らかに響いています。

地に目を移せば、小さな花々が咲き乱れています。

一週間前にあんな大変な事が起こったにもかかわらず…

それでも春はいつものようにやってきました。


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こんな事を考えられるのは、自分の住む茨城県南部の被害が甚大という規模ではなかったからかもしれません。以前にも言いましたが、同じ茨城県でも海岸部はまったく違う状況です。茨城県沿岸部、そして東北地方の人たちにも「春が来たんだなぁ」と感じてもらえる日が早く来てほしいと願います。


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鳴くのを忘れた一番鶏

朝一番に時を告げる。
それが一番鶏の役目だろう。
それを忘れて無駄なものを突ついている。
そんな鶏の姿が目に浮かんだ。



今回の地震・津波を発端とする国家的な危機に原子炉から漏洩した放射能があった。この問題で記者会見が幾度となく開かれた。そのひとつを自分は通勤途中のラジオ放送で聞いていた。

ある新聞記者が会見場の質疑応答で若い声を張り上げて下記のような内容のことを言った。

「今までの報告書に謝罪の言葉がなかったのに、今回のものには入っている。これは許され難い事態になってしまったことに対するものなのか? 一線を越えてしまったという事を意味しているのか? それはどういうことなんだ! 今すぐ説明しろ」

正確な言葉ではないが、勢い上記のようなことを高揚して口走る30代前後と思われる記者。枝野官房長官から返答があると「回答になっていない」と息巻く。勢いづいた他の記者たちも便乗して一気呵成に責め立てる。聞いている側としては「何かが違う」という印象を拭いきれない。これがよく言う「KY」というものなのだろうか? 

血気盛んな若いジャーナリストが多少の道を踏み外した行動をとる事はよくあること。若い記者には、事実を明確にして責任の所在を明確にするという意図があったのかもしれない。あたかも国民の代表として事実解明の使命を帯びているかのような言動を彼に感じた。確かに事実関係を明らかにすることは大切かもしれない。

平時ならともかくこの非常事態である。スキャンダルや失態ではない。向けるべき矛先が違うのではなかろうか。何が起こったのかは専門家の分析から情報を得ればいいことだろう。会見では国家として執るべき対応について確認、その意図をつぶさに捉え、わかりやすく伝える事の方が重要だと思う。その過程(あるいは冒頭)で詳しい状況説明や事実関係の説明が必ずあるはずだ。

その時の記者の態度はまさに喧嘩腰。ジャーナリストの一人として、国家の危機に直面した場面で何をやっているのか。避難するにせよ、対策を講じるにせよ、一刻を争う状況で犯人探しや謝罪の言葉を求めている場合ではない。(ただし、計算づくであのような態度をとっていたというなら話は別だが)

TPOという言葉が一時もてはやされたことがあったが、その言葉を久々に思い出した。

なにも若い記者を責めているのではない。ひょっとすると自分も若かったら彼と同じ態度をとっていたかもしれないのだから。きっと彼にいい上司がいたらこんな態度はとらなかったはずだ。未曾有の危機に直面した国家の記者会見。そこに列席するジャーナリストの一人であるのだから、彼には相応の経験や役職があることだろう。何より的外れの質問をするような人材は会社も送り出さないと思う。

しかし、事実は違った。この件に関しては自分のような「おやじ世代」は非常に責任を感じてしまう。自分たちの世代がしっかりしていれば、このような事にはならなかったはずである。それを考えると、自分たちは次の世代のために何かをしてきただろうかと改めて反省させられる。また一方では、ジャーナリズムが本質とずれたところに向かっているという危惧を抱かせる。

とにもかくにも放射能漏れの事態は、国家の未来はもとより人類の未来、世界の人々にも関わる重大な危機である事は間違いない。ジャーナリズムの導く方向によっては展開が大きく変わる事さえ考えられる。目先のことだけでなく大局に立った報道を期待している。

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「諦め」で変わるもの

地震、津波という自然災害に加え、もうひとつの災害がクローズアップされている。それが原子炉の暴走だ。引き金は地震や津波であったにせよ、「起こりうることが起こった」としか言いようがない。原子力発電の負うべき巨大な潜在危険率。それを承知で私たちは便利で快適な生活を享受していた。今回のことで、今さらながらそのことに気づかされた。

(以上、前回からの引用)


自然を御することのできない存在に、はたして原子力を御することができるのか。そんなことを今さら論じるつもりは毛頭ない。原子力発電は結果的に私たちが望んだものだからだ。「それは違う! 私は望んでいない」という声が聞こえてきそうだが、「みんなが望んだもの」としか言いようがないと思う(話の腰を折るようだが、私自身は原子力発電には反対の立場である)。

誰もが便利で快適な生活を望んでいる。そのためには電力は欠かせないものとなった。火力や水力発電だけではみんなが望む快適な生活を実現できない。どうにかしてみんなの夢を叶えようと考え出されたのが原子力発電だったのではなかろうか。

そんな事の発端を忘れていたことに自分は気づいた。もっとも、原子力発電が取り沙汰されていた頃、自分はまだ子どもだったような気がするので選択権は持ち得なかったような気がする。

「目的のために手段は選ばない」。今となってはそんな常套句が当てはまるような安易な選択だったように思えてならない。ただし、ひっかかるのは数々の「安全神話」のもとに話が進められたような記憶が私の頭に残っている事。たった今、その神話は単なる作り話になってしまった。言い換えれば「神の上に自然がある」ということを改めて証明したのかもしれない。

原子力発電に至る経緯や特定の人たちの思惑を今さら白日の下に晒しても仕方がない事だろう。重要なのは原子力発電に踏み切る前に、選択と決断の時が幾度となくあったということ。

回りくどい言い方をしてしまった。要するに「便利で快適な生活を捨てる勇気」があったかどうかが問われているのだ。今からでも遅くはない。現在の素晴らしい生活をいったん諦めることができるかどうか。その最後の選択の時が来たのではないかと切に感じている。

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震災という分岐点に立つ私たち

茨城県南部、自分の住むこの地も震災の被災地となった。身の周りでは塀が崩れ屋根瓦が崩落した家を多く見かけた。今のところ全壊した家は目にしていないが、不幸にも家を失った人もきっといるに違いない。道路も陥没やひび割れ、隆起が各所で見受けられ、通行止めの道路が数多くある。

茨城の沿岸地域の被災は内陸部とは比べ物にならないほど大きい。一部の報道や映像で見ても、今までの地震とは桁が違うことがよくわかる。

その桁違いの自然の猛威を見せつけたのが東北地方の太平洋側の津波だった。経験したことのない自然の力、それは予想を遥かに越える形で目の前に姿を現した。

三陸の海岸にある複数の町が一瞬にして失われた。あり得ない高さの津波が押し寄せたことが容易に想像できる。そう、テレビに映し出されたのは信じられない光景だった。これを地獄と言わずして何を地獄と言おう。この一瞬を目の前にした人たちの恐怖を思うと発する言葉がない。もし、自分の家族や知人がその場にいたとしたら、そのとき自分には何ができただろう…

不幸にして津波の被害に見舞われた方々の無事を祈るしか今の自分にはできることがない。一日も早い復興と安定した生活環境が整えられることを願うばかりだ。



地震、津波という自然災害に加え、もうひとつの災害がクローズアップされている。それが原子炉の暴走だ。引き金は地震や津波であったにせよ、「起こりうることが起こった」としか言いようがない。原子力発電の負うべき巨大な潜在危険率。それを承知で私たちは便利で快適な生活を享受していた。今回のことで、今さらながらそのことに気づかされた。


(つづく)

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タイヤは回るよ、粉を出して/飛散する高分子の粉塵

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先日タイヤ交換をしました。いや〜、快適ですな。車内に伝わる振動音が小さくなったし、コーナーを曲がるのもスムースだし、何よりもブレーキがよく利くようになりました。もう、いいことづくめで満足、満足。

とはいきません。私は以前から削られたタイヤの粉末はどこに行ってしまうのだろうと常々考えていました。現代の車両台数から想像すると、タイヤの粉塵は相当な量になるはずです。さらに全世界で走行している車両の数を考えると、呑気にドライブなどしている場合ではないかも…

なぜそんなに心配するかと言うと、タイヤを構成しているものが高分子だからです。化学的な知識は皆無ですが、なんとなく分解されにくい物質であることは想像がつきます。

組成や分子構造が違いますが、天然の高分子にセルロースがあります。その代表的なものは誰もが知っている植物の繊維。樹木などを構成しているのがセルロースです。倒木が何年も朽ちずにその場に転がっているのを一度は見たことがあるのではないでしょうか。そんな腐りにくいセルロースでも菌類たちの力によって時間をかけて分解されます(完全に分解されるのではなく、他の生物が利用できるように形を変える)。しかし、合成ゴムを分解する菌類って耳にしたことがありません。私たちが出すタイヤの粉塵は、いったいどこに行ってしまうのでしょう。

まずひとつの形として間違いなく空気中に漂っているはずです。舞い上がらなかったものは雨に運ばれて川や海に流れ着いていることでしょう。またあるものは土壌に埋もれているかもしれません。これら高分子の残骸が生態に与える影響とはいったいどんなものなのでしょうか?

もしかすると、私たちは知らず知らずのうちに肺の中に取り込んでいるでしょう。また、それを体内に取り込んだ生きものたちを私たちは食べているかもしれません。

ここ10年から20年の間でしょうか、花粉症に代表されるアレルギー疾患がクローズアップされています。それらがモータリゼーションの隆盛と重なり合っているのではないかと想像してしまいます。でも、車両台数と花粉症の増加をグラフにしたら、両者はピタリとは重ならないと思います。なぜなら、疾患が顕在化するには少なからず時間がかかるから。ある種の病気には潜伏期間があります。それと同様のことが考えられるからです。もっとも、花粉症の原因は食べ物の変化(化学物質たっぷりの食料)と寄生虫との関係の方が密接だと思います。問題の本質は、まだ解明されていない病気の原因になっているのではないかということです。楽天的な見地に立てば、毒素を出すようなものではないので、他の化学物質と結合して有毒なものにならない限り安心だと思えばいいことですが…

きっと、タイヤの粉塵が環境に与える影響はどこかの研究機関で調査されていると思います。しかし、その回答は一度も耳にしたことがありません。仮にとんでもない結果が出たとしても、すぐに使用をやめることはできないでしょう。現代は車なしには成り立たない構造になっていますから。だからといって放っておくわけにはいきません。とにかくどんな形でもいいから回答がほしいものです。

以上、日常の妄想のひとつを書き記してみました。



こんな妄想はあまり人に話せたものではありません。ただし、一度だけ知人に話したことがあります。

「えっ、そんなこと考えたことありませんでした」

この一言で、タイヤの話題は幕を閉じてしまったことは言うまでもありません。

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奇跡の風が吹く山…鳥になる人たち

Once I rose above the noise and confusion
Just to get a glimpse beyond the illusion
I was soaring ever higher, but I flew too high…

(Kansas : Carry on Wayward Sonより)

石岡市(旧八郷町)と境を接する桜川市(旧真壁町)。両市の境に横たわっているのが阿武隈山系の筑波山塊です。筑波山から北に向かって、きのこ山、足尾山、加波山(かばさん)、燕山などが連なっています。

この山並みの数か所にハングライダー・パラグライダーの離陸場所があります。いわゆるスカイスポーツのスポットであり、関東ではちょっと有名な山々になっているそうです。特に足尾山にある離陸ポイントは西にも東にも飛び立てるテイクオフポイントで大勢の愛好者が集まります。



本日は雲一つない青空で、風もそれほど強くない穏やかな天気でした。

「こんな日にどこにも出かけないのはもったいない」

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そんな思いで頭がいっぱいになり、家に居たらとても損をした気分になりそうだったので無理矢理出かけました。本当は吾国山(わがくにさん)に登って上の写真の那須連峰を眺めたかったのですが、子どもに拒否されてしまい行き先を変更。車で行ける眺めのいい場所として思いついたのが足尾山のハングライダー離陸場所でした。

コーヒーでも飲みながら、車内からのんびり那須連峰を眺めようと思っていたら…

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お〜っ、スカイスポーツを楽しむ人たちでいっぱいです。今日は彼らにとっても絶好の天気だったようです。現場には大きな翼がたくさん並んでいたので、仕方なく離れた場所に車を停めて山並みが見える離陸ポイントまで歩きました。

お天気は良かったのですが山の上は風が強く、平地とは違って冷たい風が山麓から駆け上がってきます。そ、そりゃそうですよね、この上昇気流を利用して離陸するわけですから。何の防寒対策も講じずにのこのこやってきたおとぼけ親子はそんな凍てつく風にもめげずに、離陸シーンを見ようと震えながらその場に立ちつくしていました。おやじはかじかんだ手で必死にデジカメのシャッターを切ります。

(一説によると100メートル登ると気温は0.6℃下がると言われています。足尾山の標高は627.5mで平地より3.6℃低いことになります。さらにハングライダーが飛ぶ上空は低くなるはずです。きっとこの日の上空は氷点下ではないかと思います)

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「ヤッホー!」。そんな歓声を上げて飛び立つライダーたち。

わかります、その気持ち。見ている方も自然とヤッホーと叫んでしまいます。事実、おとぼけ親子も離陸の瞬間にあわせて声を出していました。特に子どもの声は大きく、目をキラキラ輝かせながら飛び立つ人に手を振っていました。

飛んでみたいとは思いますが、とてもとても恐くて…自分にはできそうにもありません。でも、飛び立つ人たちの姿に自分の思いを重ねることで、彼らが享受している爽快感や開放感、満足感を少しだけ味わうことができました。頭上で旋回するハングライダーの風切り音がよく聞こえたのがとても印象に残っています。



「ここはね、太平洋側・日本海側に高気圧が陣取った時に、両方の影響でいい風が吹くことが多いんですよ。ときには低気圧のこともありますけどね」

そう話すのは、その場にいた50〜60代の男性。彼の言っていることがわかったような、わからないような…

山並みは南北に伸びているので、斜面は東西に面しています。東西の延長線上には太平洋と日本海があるので、確かに上昇気流が発生しやすい条件が整っているのでしょう。日本全国にスカイスポーツのスポットがあると思います。そのなかでもフライトに関わる好条件を満たしているのが足尾山の離陸スポットらしいです。

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毎年3月にこの足尾山周辺の山々をスタート地点とした大会があるそうです。飛行距離を競うクロスカントリーというカテゴリーの大会だと50〜60代の男性が言っていました。今までの最高記録では福島県の二本松市まで飛んでいった人がいるそうです。飛行距離にして150〜160キロとか言っていました。なんだかとてつもない冒険のように思えます。きっと飛んだ人は鳥になった気分を味わえたことでしょう。

飛行機に乗って眺める下界のようすと、ハングライダーから眺める景色とは大きな違いがあるような気がします。ハングライダーは生身の体で風を受け、呼吸をしながら飛行しているわけです。もちろん飛行機とは高度が違います。その臨場感と肉眼に飛び込む情報は、とてつもなくリアルなものでしょう。山から下界を眺めただけでも素晴らしいと思うのですから、上空を移動しながら味わう眺望は、感動を遥かに越えて“不思議”の領域に達するだろうと想像します。

地図のなかに鳥瞰図と呼ばれるものがあります。立体的に感じられるその地図を眺めるたびに「これは鳥だけが見られる風景なんだろうなぁ」と、鳥たちに対し一種の憧れを感じたものです。きっと、ハングライダーに乗った人たちは私の憧れをいとも簡単に手に入れているんでしょうね。とってもうらやましいです。



埼玉から来たという青年にも話を聞いてみました。

「パラグライダーの離陸ポイントは埼玉にもあります。でもハングライダーのポイントは他県に行かなければないんですよ」

ハングライダーの組み立てをしていたその青年は手を休めて話してくれました。

「関東一円にハングライダーの離陸スポットはいくつかありますけど、私はここしか利用しません。今後もほかの場所に変えることはないと思いますよ」

この足尾山の離陸場所は他の場所に比べて、飛行可能な日数が圧倒的に多いそうです。とにかく地理的な条件に恵まれた場所だそうです。大袈裟な言い方をすれば、人を大空に導く“奇跡の風”が吹く山なのです。

う〜ん、こんな希少なスポットがあるにも関わらず、知っている人はごく小数。ここでも茨城県の宣伝下手は健在ということでしょうか。とほほ…

がんばれ、茨城県!


余談ですが…
すっかり春めいた陽気に浮かされてお気軽ドライブ気分で出かけた親子は、数十分後に山の恐ろしさを知らされることになります。山中のヘアピンカーブの所々には、冬の魔物が今も牙をむいて待ち構えていました。そうです、恐怖のアイスバーンです。

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「今さら引き返すわけには…」と思いつつ、注意深く走行してなんとか乗り切りました。数か所で、列車のポイント切り替えのようなへんな横滑りを幾度となく体験。まさに手に汗握る初春のドライブとなりました。

すでに三月の声を聞いていますが、みなさんも山に出かける時にはご注意を。茨城県南部の山でさえこの様子ですから、栃木・群馬の山はなおさらです。

ちなみに、わが家の車はノーマルタイヤでした。スタッドレスなら大丈夫かもしれません。“かも”ですよ、かも。(保証は致しかねます)


(撮影:2011.3.5/石岡市・旧八郷町)

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ボクは真夜中に海を泳ぐ

それは菌類の海である。

誤解を恐れずに言おう。

「風呂は雑菌の培養液である」



本日は久々に早い時間に会社から帰宅。おかげで9時半頃に風呂に入って、多少のんびりできた。ちょっと余裕があるので一文をしたためているわけである。

通常なら風呂に入るのは0時前後。その頃になると風呂も冷め、お湯もなんとなく濁っている。わが家は核家族ではないので、一般家庭よりも人数が多い。なのでサラサラのお湯であるわけがない。きれい好きの女性なら足も入れぬであろうそのお湯に私はとっぷり浸かり、くつろぎにはほど遠い気分を味わう。へんな焦燥感に駆られ、清掃作業と呼んでもいいような動作で体や髪を洗い、そそくさと浴室を後にする。

本心を言えば、お湯を沸かし直して入りたいところだが、それは時間の無駄。睡眠時間が減るだけだ。疲れている。めちゃくちゃ疲れている。ときにはお湯のなかで朦朧としてうたた寝してしまうことも。

うたた寝をしながら夢を見ることがある…

…ここは海だ。そう、原始の海のように単純な生物が泳ぎ回る世界。

「自分は今、菌類と世界を共有している!」

それは嬉しいような、悲しいような、複雑な気分になるひととき。



たぶん、冷めたお湯の温度は28℃〜35℃くらいだろう。この温度は爆発的に菌類を増殖させるに違いない。それにしても微妙な温度である。人の体温が37℃前後と言われているが、冷めたお湯の温度に比較的近い。

人の体温はなぜ37℃前後なのだろう。菌類の大繁殖温度帯より少し高めに設定されているのだろうか。それとも37℃は大繁殖帯に含まれているが、繁殖を拒む特殊な防御機能が備わっているので難を逃れているのだろうか。

菌類たちの生暖かい海に身を置くといろいろな空想がかき立てられる。

この海のなかを自在に泳ぎ回るのはどのような菌なのか。顕微鏡でぜひ見てみたいものだ。たぶん、嫌気性で高温にも比較的耐性のある菌類であろう。分裂あるいは繁殖のスピードはどれくらいなのだろう…

疲れているのにへんな妄想が止めどなく湧いてくる。私の場合、こんなことは日常茶飯事でいい暇つぶしになっている。

今回たまたま、おやじの日常の隠れた断片を書き記したので、これを機に「へんてこワールド/妄想の世界」とでも題してシリーズ化でもしてみようかと考えている。

一歩間違うと狂気の世界にもなりかねないが…


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写真と本文は関係ないが、画像がないと寂しいので掲載。これは変形菌(粘菌)のなかのムラサキホコリと呼ばれるものの一種。

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