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鳳凰が飛び立つ町

1105141

葛飾北斎が晩年の一時期を過ごした信州小布施。この町には八方睨み鳳凰図がある。それは岩松院というお寺の本堂の天井に描かれている。なんと二十一畳もの大きさの迫力ある大作だ。


鳳凰と言えば空想上の生きもの。この世には実在しない霊獣である。数々の物語に登場するほか、お寺などの彫刻に施されて馴染み深い存在でもある。しかし、どこか現実離れをした色彩と姿に、ちょっと距離を置いて見てしまうものだ。


ところが、岩松院の鳳凰はちょっと違う。生々しく迫力があり過ぎて、実際に生きているものを描き写したかのように思えてしまう。そのせいか、空想上の生きものよりもっと身近に感じられる。


自分にとって、鳳凰と言えば小布施の天井画が真っ先に思い浮かんでしまう。睨みつけるその鋭い眼光は、よく見るとどこか無機的で“虚空”を感じさせる。怒りや畏れ、猜疑心といった色はどこにもない。鳳凰の目は、晩年の北斎の目のようにも感じられる。


八十の齢を越えて筆を執る精神力。当時の八十と言えば人並みはずれた経験を積んだ長老とも言える存在であろう。そんな北斎が、当時の世の中を静かな心で覗いているような気がしてならないのである。



今年のゴールデンウィークに訪れた小布施。信州北部、いわゆる北信の観光地として有数の集客力を誇る町である。多くの人たちが憧れや羨望をもって訪れるのであろうが、自分はそんな気持ちで足を運んだわけではない。単に、友人の住む町だから遊びに来ただけ。


家族や恋人同士が連れ立って歩いている町のなかを自分は違う感覚で歩いていたと思う。観光客の目ではなく、単なる遊び客としてゆったりと眺めてきた小布施の印象を気が向いたときに綴ってみたいと考えている。


思いついたら書くし、気乗りしなかったら書かない。それもまた小布施的であると解釈している。

冒頭の写真は岩松院の仁王門。五月の朔日にまだ桜が咲いていて、鳳凰の羽ばたきが花びらを舞い上げているように感じられた。

(2011.5.1/長野県小布施町)

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