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2011年10月

赤富士と白い花

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富士山の五合目より少し下に「奥庭」という場所があります。ここは天狗が遊んだ庭ともいわれ、ちょっと不思議な風景が広がっています。人の背丈ぐらいのカラマツやコメツガ、ダケカンバが生えていて、まるで庭ごと盆栽といった雰囲気です。


ここの標高は2150mくらい。富士山の森林限界は2400mくらいと言われているようなので、奥庭は森林限界よりも少し下みたいです。でも、背丈の低い樹木から森林限界が近いことを感じますね〜


間近から富士山を仰ぎ見ると赤い肌をしているのがわかります。その色はいかにも溶岩の色といった雰囲気です。


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訪れた日は天気がよくなかったので雲が広がっています。雲海の上に姿を現した遠くの山々の頂を見ると、高い山を征服したアルピニストの気分が味わえます。


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標高2150mの奥庭から「お中道」という道を経由して「御庭」と呼ばれる場所に出ます。このあたりは子どもの身長くらいのダケカンバやカラマツばかり。地を這うように生えている様子を見ると、このあたりの過酷な環境とそれに耐えながら繁殖を重ねている樹木の生命力を感じます。


少し上に目をやると、樹木が山頂を目指して登っているようにも見えます。噂によれば、温暖化の影響で富士山の森林限界が少しずつ上に上がっているとか…


「御庭」周辺を歩いて感じるのは、やけにカラマツが多いということ。聞いたところによると、御庭あたりの標高だと本来はハイマツが生えていてもいいらしいのですが、なぜかカラマツばかり。これはどういう理由なのでしょうか。


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さて、溶岩の斜面に逞しく根を生やす樹木の根元には、ところどころに白いものが密集しています。遠くからだと小さなカリフラワー畑にも見えてしまいます。


これは明らかに地衣類の群落。たぶんハナゴケと呼ばれるものの仲間だと思います。


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詳しくはわかりませんが、ミヤマハナゴケかもしれません。近くで見ると海綿のようにも見えますね〜


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地衣類のなかには樹状の形態を見せる種類がいくつかあるようです。


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こちらは御庭から富士山五合目駐車場に至る道で撮影したもの。このあたりは紅葉真っ盛りでした。


(撮影:2011.10.13/山梨県鳴沢村)

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樹皮に潜んだ万能細胞?

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尾瀬を歩いていて不思議なものを目にました。


つる性の大きな植物が木に巻き付いているのかと思いました。しかし、よく見ると明らかに樹皮の一部分から伸びています。


何かしらの寄生植物? いや、違います。


いわゆる根っこのような感じ。植物のなかには板根、支柱根、気根、呼吸根、水中根という具合に、さまざまな形態の根っこを生やす種類があるそうです。


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ダケカンバでしょうか。この木は樹皮が大きく剥がれています。その一部分、残された樹皮の端の部分が変形して根のような形態に変化しています。


これはまさに植物の逞しさ、臨機応変の対応力を感じさせる生体反応ではないでしょうか。今話題の万能細胞が樹皮に備わっているのではないかと思わせます。さすがに古代から連綿と命をつないできているだけあって、驚異的な能力を隠し持っていると言えそうです。


樹皮を根に変えて生きていく。この姿に生命の強力なメッセージが込められていると感じるのは私だけでしょうか?

(撮影:2011.8.9/福島県檜枝岐村)

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檜枝岐に龍を見た

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尾瀬には三条の滝という大きな瀑布があります。轟々という響きが山のなかに木霊し、巨大な水柱はまるでオブジェのように見えます。


新潟県と福島県の境にあるこの滝は落差が100mもあるそうで、尾瀬ケ原の水を集め只見川に注いでいます。噂によれば、年間水量は日本一とも謳われているようです。確かに、実際に目にすると噂が真実に思えてくるほど。その驚異的な水量から、滝自体の迫力に加え、尾瀬ケ原の貯水力に改めて感動してしまいます。これは湿原という名の巨大なダムと言えるかもしれません。その豪快な落ちっぷりを見れば、年間水量日本一とは断定しないまでも、五本の指には入るだろうと容易に推察できます。


滝の近くには展望台があります。巨大な水柱がより立体的に見えるのは、斜め45度くらいに位置するからかもしれません。まぁとにかく、ここに立てば、“荘厳”という言葉が否応なく脳裏に浮かんでくることでしょう。


三条の滝は、じっと見つめていると猛々しい龍のようにも思えてきます。滝と言うと、水を表す“さんずい”に竜と書きます。今回、三条の滝を目にしてこの漢字の本質的な意味を初めて理解したような気分になりました。


龍には、地上から天に登ろうとする「昇り龍」と天空から地に降りようとする「降り龍」がいます。この二頭の龍は対を成しているそうで、昇り龍は生まれて百年に満たない黒龍、降り龍は三百年を生きて天に住む青龍を指すとか。また、生きた年数によって色が違うとも言われています。


自分の場合、三条の滝から空想したのは白龍でした。伝説や神話あるいは昔話のなかで白龍がどういう位置づけなのかは知りません。でも水の化身というか水神のような存在のように想像してしまいます。


そもそも水は、大地と海を旅するもの。なかには数千、数万年の旅路を行くものだってあるかもしれません。生きた年数によって色が違うというのなら、白龍は最長老の龍に値するような気がします。


(撮影:2011.8.9/福島県檜枝岐村)

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風は黄色、森も黄色

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日光の小田代ヶ原というと標高1400mくらいでしょうか。ここではミズナラの黄葉がまっさかりです。まるで黄色いセロファンの下を歩いているような気分。風さえも黄色に染まっているかのように感じます。


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それにしても見事すぎるほど黄色一色。竜頭ノ滝近くに行くと赤い葉もちらほら目に入り、その鮮やかさに目を奪われます。黄色のキャンバスに赤い模様、映えますね〜


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竜頭ノ滝は人だかりで、なかなか写真を撮ることができません。仕方ないので両腕を伸ばし、適当に狙いを付けて撮ってきました。


さて、本日は湯滝から小田代ヶ原を経由して竜頭ノ滝まで歩いてきた自分。その主たる目的は、池(湖?)と化した小田代ヶ原を一目見ること。


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おぉ〜、四年ぶりに出現したと報じられている小田代湖です。台風12号の影響でこのような姿になったといいます。


確かに木道がひたひたと水面に浮いているような状態。


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シラカバの木も腰のあたりまで水につかった感じです。

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ほら、貴婦人と呼ばれている孤高のシラカバさえ水のなか。


風景的には様変わりして目新しさがありますけど、そこに生きる植物たちにとってはどうなんでしょう? 少し心配です。

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山の裾野というか、小田代ヶ原の縁に生えている樹木たちが一斉に色づき始めています。この賑やかな色のパレードは秋ならではの風景。贅沢な時間を過ごさせていただきました。

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カラマツがようやく色づいてきたようです。水のなかから生えるカラマツっていいかもしれません。


こんな風景、来年も見られるのでしょうか? 噂によれば、冬は氷の湖になるかもしれないとのこと。カメラマンにとっては忙しい冬になるかもしれませんね〜

(撮影:2011.10.10/栃木県日光市)

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美人ブナと熊の気持ち

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美人妻ではありません、美人ブナです。


ブナは意外にも色白ですべすべ肌の持ち主です。


ブナの木と言うと、たくさんのコケ(ほとんどが地衣類、たまにコケも生えています)が着いた樹皮が思い浮かびます。樹齢を重ねれば重ねるほど付着は多くなるものです。ですが、本来はご覧のように見紛うような美肌なんです。


ちらっと見ただけでは、この木がブナだと気づかないかもしれません。


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先日、谷川岳の一ノ倉沢出合まで行ってきました。谷川岳ロープウェイの駐車場から片道3キロ強を歩いていたわけですが、その途中にはご覧のような美肌のブナがたくさん生えています。美肌ブナは樹齢の若いものがほとんどでした。


ブナの樹皮はあまりシワや割れ目がありません。ですので、降雨時に樹皮全体を伝わって水を地面に導くようです。地衣類やコケはそのことをよく知っているようで、好んでブナの木に付着するように思えます。


ブナと言えば、その種子が熊や小動物の貴重な食料であることが知られています。ちょうど今の時季に、越冬の準備のためにたくさんの動物たちがブナの実でお腹を満たすことでしょう。その消費量はいったいどれほどなんでしょうか?


森の動物たちに実を分け与えてくれるブナの木って、なんとなく森のお母さん的な存在のように思えてしまいます。


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ブナの実はこんな形をしています。いわゆるドングリというものです。茨城県南地域の雑木林で見られるのは、コナラやクヌギのドングリ。殻斗(かくと)と呼ばれる帽子をかぶっています。標高が上がるとミズナラのドングリも見られます。


コナラもクヌギもミズナラも、みんなブナ科の木です。でも、ブナのドングリって一つひとつの実に殻斗があるわけではなく、クリのいがのようなものに包まれています。クリもブナ科の木ですので、似ているといえば当然でしょうか。


ドングリの形から分類すると、ブナとクリって意外にも近い関係のように思えてきます。写真からもわかるように、殻斗にあるひげのようなものが針みたいに鋭くなればクリのいがにそっくりです。しかも割れ方もクリにそっくり。さらに実の形だって、太らせればクリの実と同じになりますよね〜


さて、食べられるドングリと言うと、ブナ・スダジイ(ブナ科)・マテバシイ(ブナ科)があります。このうち生でも食べられと言われているのがブナです(スタジイも生でOKだったかも)。この話を知っていたので、いつかは食べてみようと以前から思っていました。


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実際に食べてみると、小粒ながらなんとも言えない風味がありました。香ばしいというと誇大表現になってしまいますが、アーモンド類が持つ独特の香りがわずかに鼻に抜けるような感じでした。


「こりゃ、イケる!」と思わず呟いて、拾っては剥き、剥いては食べ…を繰り返してしまいました。数多く食べてみると、しっとりとしたものとパサついたものがあるのを感じました。パサついたものは粉っぽくって、歯の表面にくっついたり、口のなかに残ったりします。この二種の感覚は、おいしいクリとそうでないクリを食べた時の印象に似ていました。


初めて食べてみて、予想以上においしいものであることがわかりました。なるほど、熊や小動物がブナの実を好んで食べるのも納得です。もし、機会があったらどうぞお試し下さい。


蛇足ですが紅葉情報を…
2011年10月8日時点で、一ノ倉沢は頂上付近が紅葉している状態です。見頃は10月20日〜25日頃と地元の人が言っていました。


(撮影:2011.10.8/群馬県みなかみ町)

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赤銅の海になる尾瀬

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先日、尾瀬に行ってきました。いつものように鳩待峠から山の鼻を経由して尾瀬ケ原へ。牛首の分岐から竜宮、ヨッピ吊り橋をまわり帰ってきました。

写真は牛首の分岐から10分ほど歩いた先にあるお気に入りの場所です。薄曇りの天気ということもあり、歩いていても肌寒さを感じるくらいでした。ちなみにスタート地点の鳩待峠は8℃、山の鼻の温度計は11℃。尾瀬はすでに完全な秋モードというか、冬の始まりみたいな雰囲気です。そう言えば、訪れた翌日には雪が降ったそうです。


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さて、おまけです。こちらはお気に入りの場所の8月初旬の様子。わずか2か月でこの様変わりです。山開きというか、入山ができるようになるのが5月の下旬。ちょうど雪融けから入山が終了する10月の下旬までが約5か月です。その間に尾瀬は春から秋が過ぎてゆくんですね〜。短期間に3つの季節が移り変わるんですから、ひと月いや2〜3週間も間をあけると風景が一変してしまうのに納得です。


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激変ぶりを別の写真で見てみましょう。上が10月の初め、下が8月の初めです。この変身は見事というか、感動ものです。


今回、秋の尾瀬を堪能してきたわけですが、歩いているときに変な感覚に包まれました。風にそよぐ草がさざ波のように見えるのです。まるで海の上を歩いているような錯覚。黄金色よりもっと色濃い海です。それは赤銅色の海でした。


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こちらは見晴十字路からヨッピ吊り橋に向かう途中の様子です。このあたりはだいぶ乾燥していて、ヤマドリゼンマイやススキが群生している場所があります。その様子を目にすると、長い時間をかけて湿原が少しずつ姿を変えているのが実感できます。湿原の変遷といっても数年や数十年の単位ではないでしょう。百年、数百年という時間をかけて変わっていくものなのだと思います。きっと、今自分が見ているのはその一過程なのでしょう。


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世間では、湿原が紅葉するようすを「草紅葉」と呼んだりするようです。これって「くさもみじ」と読むのでしょうか、「くさこうよう」と読むのでしょうか。


葉っぱが色づいた状態を紅葉(こうよう)と言ったりします。また色づくことを紅葉(こうよう)するとも言います。これにならえば「くさこうよう」がふさわしいのかもしれません。


しかし、「くさもみじ」という言葉をかなりの頻度で耳にします。そもそも「もみじ」の語源はどこにあるのでしょうか。


ネット上の情報から、語源は「もみずる」にあるとのヒントを得ました。「紅葉」の“紅”はどうやら紅花のようです。昔から染料として使われているベニバナですが、花をゆっくりと揉み出すと赤(紅)や黄色の成分が抽出できます。その色の変化の様子を秋の葉の色の変化になぞらえたとのこと。


あるサイトでは、ベニバナから色を揉みだす様子から「揉み」が「紅」を指すようになったと書いてありました。この点について、自分はうまく理解ませんでした。でも、色を抽出する作業、つまり色を生じさせる行為やその様子を「揉み出でる」「揉み出ずる」と表現したということは納得できました。そんな「もみ(い)ずる」が「もみず」そして「もみじ」と変化していったとも想像できます。


(この「もみずる」の話は一つの説として紹介されていたものですので、必ずしも事実というわけではありません)


上記のことから判断すると「草紅葉」は「くさもみじ」と言っていいような気がします。しかし、ややこしいのは「もみじ」と呼ばれる樹木が存在すること。自分の場合、この木の名前の先入観が「くさもみじ」と読むことの障害になっています。


(撮影:2011.10.2/群馬県片品村)

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地獄の案内人と薬売り

「立山黒部アルペンルート」で名高い立山。ここは黒四ダムの建設で使用した道路やトンネルを転用した観光コースが見事に仕立て上げられています。ロープウェイやケーブルカー、狭いトンネルを走行するトロリーバスを乗り継ぎながら目にする景色は、まさに“絶景”の一言に尽きるでしょう。


決して見ることが叶わなかった景色。それがいとも簡単に見られるのは、奇跡の一種と思っていいと思います。


多くの人は乗り物を利用して立山の魅力を堪能していることでしょう。しかしその一方で、自らの足で立山を歩いている人も少なくないようです。とくに、室堂の周辺はハイキングコースが充実していて大勢の人が訪れます。

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じつは8月の初めに立山のハイキングに行ってきました。そのとき感じたのが…


ここは「あの世を具現化した山なのか」ということ。


ハイキングをしていると、血の池、地獄谷、えんま台、弥陀ヶ原、みくりが池、浄土山など、妙に気になる名前が耳に飛び込んでくるのです。

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これって…極楽と地獄?


あたかも死後の世界がそこにあるかのような気分になります。


聞いた話によれば…


その昔、この地域の一部の集落の人たちは数幅の地獄絵巻を手に周辺の国々へ出かけ、立山に登ることをすすめていたそうです。言葉が間違っているかもしれませんけど、それは「立山参り」みたいなものだったのではないでしょうか。


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歴史や民俗に詳しくない自分は、このことをどう解釈していいのやらさっぱりわかりません。でも、昔の人の死生観において“地獄”というものが想像以上に重い存在であったのは容易に想像できます。それは、底知れぬ恐怖で心を縛りつけるものだったのだろうと思います。


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地獄絵巻には、閻魔大王の前で評定を待つ人の姿、六道に落ちた罪人たちの阿鼻叫喚の様子が描かれていたのだと思います。地獄の沙汰は誰もが受けなければならないと信じていた昔の人にとって、「地獄」は考えたくなくても考えてしまうことだったに違いありません。できることなら地獄の様子を事前に知っておきたいと誰もが願ったのではないでしょうか。


今でこそ道路が整備されて、えんま台や地獄谷、血の池がある室堂付近にはバスで来られますが、昔の人たちは山の麓から自らの足で登ってきたはずです。それは難儀なことだったでしょう。言い換えれば苦行的な一面があったろうと思います。


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以上、想像に任せて勝手なことを述べてしまいました。


上記のことについて、冗談まじりに現代的な解釈をすると…


地獄絵巻は旅のカタログで、誰もが気になる地獄という観光地に多くの人を集客するという構図にも見て取れます。こんなことを考えると、立山という場所は昔も今も有名な観光地であり続けているのだと感心します。そう思うと、立山参りに限らず、伊勢参りや四国のお遍路さんなどは旅行の原点なのかもしれません。(ちょっと冗談がキツ過ぎましたかね)


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ついでに言っちゃうと…


たぶん、地獄絵巻を携えての立山参りのすすめをきっかけに、置き薬に発展させていったのではないでしょうか? そうなんです、「越中富山の薬売り」の原点がここにあると私は想像します。それにしても、すごいビジネスモデルですね〜。富山の人って発想が素晴らしいです。


勝手なことばっかり言ってしまいましたが、こんなことを考えるのも旅の楽しみだと思います。

(撮影:2011.8.1〜2/富山県立山町)

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