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侘び桜、寂び桜

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仕事柄、桜のことを考える季節になりました。


思いを馳せていたら、今年の春に見た桜を鮮明に思い出しました。その桜は長野県小布施の友人が、隣町の高山村黒部にわざわざ連れて行って見せてくれたものです。


それは、傾斜地にある田んぼのなかでひっそりと咲いている奥ゆかしい桜でした。枝振りも花の付け方も見事なもので、いわゆる一般的な桜とは違う品種であることが一目見てわかりました。ソメイヨシノとは趣を異にするうっすらと紅を帯びた花。花びら自体もやや小さめで、散る時には粉雪が舞い落ちるような感じがする桜です。


樹齢五百年の江戸彼岸。


幹は岩のようにごつごつしていますが、しなやかに枝を伸ばしています。支え木で押さえられてはいるものの花の勢いはまだ衰えていません。五百年もの長き時を生きてきただけあって風格があります。エドヒガンはヤマザクラと同様に野生種と言われていますから、生命力が強いのかもしれません。まさに美しさと逞しさを兼ね備えた桜と言えます。


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有名なソメイヨシノは、このエドヒガン系(コマツオトメという説もあります)とオオシマザクラを交配した種という説が現在有力です。


ソメイヨシノが人工的に作られた桜ということは多くの人がご存じのことだと思います。桜と言えばソメイヨシノと言えるほど、その人気は不動のもの。言わばトップモデルの地位にある桜といえるでしょう。一方のエドヒガンと言えば、市井の美人と言える桜ではないでしょうか。どちらがお好みかは人によって意見が分かれるでしょう。


美しさにおいては引けを取らないと思いますが、華やかさにおいてはソメイヨシノに軍配が挙がるかもしれません。それもそのはず、数と密集度に圧倒的な違いがあるからだと思います。公園や並木などに利用されているソメイヨシノに対して、エドヒガンがまとまって咲いているところは見かけません。


ところが、高山村黒部にあるエドヒガンにはソメイヨシノに勝るとも劣らない不思議な美しさがありました。田んぼのなかにひっそりと咲いているにも関わらず…

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樹齢五百年と言えば、関ヶ原の戦いより前から生きているということです。長い時間を生きてきた歴史が木に宿っているとは言いませんが、その風貌から漂ってくるたおやかさが見る者の心を震わせるような気がしてなりませんでした。


来る年も来る年も、春先の野良仕事をする農民たちの目を楽しませてくれたエドヒガン。ひょっとすると、雅な心を持った農夫の一人が心の糧にするために植えたものなのかも…そんなことを勝手に想像。だとしたら、いったい何代にわたって地域に人たちを喜ばせてきたのだろうと感動してしまいます。そして時代は変わって現代、今なお大勢の人たちがこの桜のもとに足を運んでいます。


遠くの山を借景に、田んぼにひっそりと咲くエドヒガン。その姿を見ていたら、侘び桜、寂び桜という言葉が思い浮かびました。

(2011.4.30/長野県・高山村 ゴールデンウィークに訪問した小布施の回想…その4)

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コメント

懐かしき映像のアップありがとう。
メリークリスマス!
そして良いお年を。

投稿: カツ | 2011年12月23日 (金) 14時23分

カッちゃん、返信遅くなりました。

コメントありがとう。

不思議なことですが、時間が経つごとにあの桜をまた見たいという気持ちが強くなってきます。

できるなら、また今年の5月に見に行きたいと思っています。

そちらの暮らしはいかがですか?

時間がある時にでも近況をお知らせ下さい。

投稿: mushizuki | 2012年2月 5日 (日) 21時15分

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