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2012年5月

好きです東北、好きです弘前

弘前城の報告も最終回となりました。


まずはこちらの看板をご覧いただきましょう。

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むむ、仙人のようなおじいちゃんとお孫さんのお二人。おいしそうにラーメンをすすっています(もう、箸の持ち方からしてただ者ではございません)。


これは弘前城の北門周辺に並んでいる露店群のうちの一軒の看板。言うまでもなくラーメン店のものです。早朝だったため店が始まっておらず、食べることができませんでした。残念です、非常に残念です。


個人的に言わせてもらえば、私はこのような看板に非常に弱いです。味がどうのこうのという前に、このような猛烈なアピールには応えなければならないという使命に燃えてしまいます。


「この看板の店で食べた!」という満足感を求めてしまうところなど、ブランド商品のコマーシャルに一撃されてしまう今時の人間のようにも見えます。しかーし、この手のアピールに敏感に反応する人間は、根本的にブランド志向の人たちとは質の違う人間だと思います。


たぶん、この看板を見て店にふらふらと入ってしまう人は少なからずいるのではないでしょうか。


わかります、その気持ち。


何と言うんでしょうか、冷静な判断を度外視して好奇心という特異な欲望に身を任せてしまうタイプ。私はそういう人間です。だから目的もなく、東北をふらふらと走り回ってしまうのかもしれません。


いや、東北ドライブについては「東北が好きだ」ということが根底にあります。なぜだか理由はわかりませんが東北が大好きです。


さらに、個人的な話がつづきます。

今回の仕事で、朝食の弁当を弘前城近くのお店で注文しました。そこの窓口担当の女性がとても素敵な青森弁を話す方だったんです。


ごくありふれた注文のやり取りなのですが、その数十秒の間にとてもとても温かい気持ちになりました。青森弁には呪文のような不思議な力があります。あの独特の抑揚を聞いていると、詩の朗読や子守唄を聞いているように心が落ち着くんです。


もっと話をしたかったのですが、仕事なのでそういうわけにもいかず、後ろ髪を引かれながらも受話器を置かねばなりませんでした。


さて、上記のことは訪問前のやり取り。訪問当日はお弁当を受け取りに行くわけであります。弘前城訪問も楽しみでしたが、それと同じくらい電話の女性とお会いすることが楽しみでした。


ふふふ…


実際にお会いして、生の青森弁を聞いて痺れてしまいました。


「いや〜、なんてやさしい言葉なんだろう」


こんな優しげな言葉で会話したら深刻な争いなど起こらないのではないかと感じました。極端な話ですが、青森県では夫婦喧嘩などないのではないかと思えたほどです(そんなことはないでしょうが)。


今回のお弁当屋さんとのやり取りで、私の東北好感度は今まで以上にアップしました。ちなみに、電話の女性は声からすると20代かと予想していましたが、実際はその2倍近い方でした。年齢の予想は見事に外れましたが、とても素敵な方でした。ひょっとすると青森弁のやさしさというより、その方のあたたかさというか人間性が言葉に現れていたのかもしれません。


桜の弘前城は素晴らしかったですが、お弁当屋さんの女性も桜以上に素敵でした。


さて、弘前城のお話にもどります。

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観光で訪れると、どうしても本丸とその周辺で見物を終えてしまいがちです。前回の報告で城の外周も見て回ることをおすすめしました。今回訪問して思ったのは、北門周辺を歩いている人が非常に少なかった点です。上の写真は北門周辺を写したものですが、ここから見る桜と岩木山もなかなか風情があっていいものです。


もし、次回訪れることがあったら、私はこの北門周辺の風景をもう一度見たいです。それと、味わえなかったラーメンを食べたいものです。


次回の楽しみを残しておくのも旅の上手な楽しみ方かもしれません…


これにて、弘前城からの報告を終わります。


(撮影:2012.4.30/青森県・弘前城)


※追記というか訂正です(5/18)

今回報告した看板のお店は、ラーメン店ではなく食堂です。しかも、弘前ではかなり有名な老舗でした。何気なくネットで検索してみたら、そのことがわかりました。

三忠食堂(さんちゅうしょくどう)は100年の歴史がある店で、小説のモデルになったり、漫画『美味しんぼ』でも紹介されているそうです。ふむふむ、あの看板に描かれたおじいちゃんとお孫さんが食べているのは、どうやらラーメンではなく「津軽そば」のようですね。

じつは、この仕事の数日後に再び青森を訪れ、サービスエリアで津軽そばを食べました。そのそばは、関東で食べるものとは食感がまったく違っていました。

「なんだか不思議なそばだなぁ…」

と思いつつも汁まで飲み干し、食器を洗い場に戻して「ごちそうさまぁ」してきました。

ここで、新たな目標ができました。

もう一度、弘前城の桜を見ること。そして、三忠食堂の津軽そばを食べること。旅の楽しみは増えるばかりです。

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弘前城、400年の歩き方

前回からのつづきです。

津軽藩初代藩主・津軽為信が1603年に築城を手がけ、二代信枚(のぶひら)が1611年に完成させた弘前城。鷹岡に築城されたことから、別名鷹岡城とも呼ばれるそうです。

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落成したときには五層五階の天守があったそうですが、1627年に落雷のために消失。以降200年近く天守のない城でした。その後、1810年に九代藩主寧親により三層三階の御三階櫓(天守)が建設されたということです。これが現在見られる天守であり、約200年の歴史を伝える建造物になっています。


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もともと南部氏に臣従していた大浦為信ですが、1590年に小田原征伐の際に豊臣秀吉より四万五千石の所領安堵の朱印状を賜り、大浦を津軽と改姓して津軽藩を創設したそうです。


1611年の築城から数えて400年となる弘前城。そんな歴史を耳にすると、城内を歩きながら目にする景色が味わい深いものになるから不思議です。


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城内の桜を愛でるのはもちろん、天守を仰ぎ見たり本丸から岩木山を眺めたりするのも楽しいものです。しかし、それだけではもったいないです。


弘前城には三の丸追手門、南内門、東門、北門と各方角に立派な門があります。どうせならこの門もご覧になることをおすすめします。


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門から城内に進むと、堀を越えて本丸に導く朱色の橋が渡されています。ここから見る景色もなかなか情緒があります。


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さらに欲張って、城の近隣も歩いちゃいましょう。城から少し離れたところから、外堀や岩木山を見るのもまた違った趣があっていいものです。


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すぐそばには「観光館」と呼ばれる建物があります。ここは少し高台になっていて、外堀と岩木山が一緒に眺められます。ここからだと岩木山がひと際大きく見えて迫力があります。


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観光館のそばには旧弘前市立図書館や旧東奥義塾外人教師館など、弘前の歴史を感じさせる建造物があります。どうせならこれらも見てきましょう。


さらに次回、番外編に続きます


(撮影:2012.4.30/青森県・弘前城)

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べっぴん山(さん)やね、岩木山は

弘前城訪問のつづきです。


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桜の弘前城へ行ったら、まずは本丸に行きましょう。ここから眺める岩木山の素晴らしさといったら、まるで美しい絵画を目にしたときのようです。この城の歴代津軽藩主や藩士たちも見たであろう山容…


現代の私たちも同じ場所に立って、それを味わえるというのは気分がいいものです。


標高1700メートルに満たない山ですが、その存在感は2000メートル級に相当します。誰が何と言おうと弘前のシンボルであることは間違いありません。そうなんです、岩木山のある風景が地元の人たちにとってどれほど大切なものか、ここに立てばすぐに理解できると思います。それは、茨城県人(県南地域)にとっての筑波山と同様だと思います。


岩木山はどちらかというと女性的な雰囲気の山ではないでしょうか。火山であるようですが、この季節はまだ雪を戴いていることもあって、おしろい美人のように感じます。


いや〜、べっぴんだわぁ。


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本丸にはさまざまな種類の桜が咲いています。本丸のみならず城内全体に目をやると、いったい何種類の桜があるのかわからなくなります。自分などは、次々に見て、次々に忘れるといったところでした。


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弘前城には、日本一のソメイヨシノが二本あります。ひとつは日本一古い(長寿の)ソメイヨシノ。もうひとつが日本一太いソメイヨシノ。幹周りが5メートル以上あるそうです。上の写真は樹齢130年近い古木です。一般的にソメイヨシノの寿命は60〜80年と言われているそうですから、130年というのは驚異的な年数であることがわかります。

弘前城のリポートは次回につづきます。


(撮影:2012.4.30/青森県・弘前城)

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桜に浮かぶ弘前城、花に埋もれる岩木山

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通り過ぎた春を追いかけて北へ向かう…


晩春の東北へ出かけると特別な思いがこみ上げてきます。


若い頃、毎年のように出かけていた東北。ゴールデンウィークの恒例となっていた爆走ドライブが今では懐かしい思い出です。ドライブはその年ごとに行き先は違っていて、あるときは青森、またあるときには秋田、ときには岩手という具合。その時季に東北に出かけると、咲き始めたばかりの眩しい桜を見ることができたのを今でも鮮明に思い出します。


なかでも弘前城の桜は印象深いものでした。


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そして今春、懐かしい場所に仕事で再び訪れることになったのです。


爆走して東北各地をめぐることが目的だった若い頃と違い、今回は「観光地を訪れる」という明確な目標が科せられていました。仕事とは言いつつも、懐かしい弘前に足を運んだことで、20年以上も前の記憶をたぐり寄せることができました。


正直なところ、桜がきれいでたくさんの人がいたこと、天守が想像していたより小さかったことぐらいしか記憶に残っていなかった弘前城。今回の訪問では新たな発見がありました。


そのことについては次回に報告したいと思います。


(撮影:2012.4.30/青森県・弘前城)

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水軍の国とキャベツ王国

前回のつづきです。

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伊勢神宮を発ったあとバスは最寄りの五十鈴川駅に停留。この近鉄の鳥羽線の駅で降車して電車に乗り換え鳥羽に向かいます。


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関東に住んでいると、近鉄と言うと野球の球団名(古い!)しか思い浮かびません。ところが、実際に車両に乗ったり駅を見たりすると、JRよりも路線や本数が充実していて駅なども豪華であると感じます。


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茨城感覚だと、鉄道は何を置いてもJRが一番で、私鉄はそれを補う路線と思いがち。今回の旅で、そのような発想がとんでもない先入観であることがわかりました。そうなんです、近鉄ってものすごい大企業なんです。


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さて、鳥羽にはJRと近鉄の駅がありますが、JRの駅を撮ってきました。


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こちらは近鉄の鳥羽駅です。私たちは駅から伊良湖行きの伊勢湾フェリーに乗るため、乗り場まで歩いていくことになります。


(余談ですが…鉄道の旅をして車両や駅の写真を撮ることは、意外にも楽しいことだと感じるようになった自分。決して鉄道マニアではありませんが、鉄ちゃんの世界を足を踏み入れてみるのもいいのではないかと思い始めるようになりました)


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鳥羽には有名な真珠会社「ミキモト真珠」の立派な建物や「鳥羽水族館」があって活気にあふれていました。


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鳥羽駅からフェリー乗り場まで歩いていく途中には遊覧船乗り場などがあります。


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道すがら海岸や湾の様子をぼんやり眺めていると、水軍が活動するには絶好の地理なのではないかと感じました。歴史には疎い自分ですが、近代化された現在の街並の隙間から、古い歴史の面影が見えてくるのがおもしろかったです。


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伊勢湾フェリーのデッキからの眺めです。


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いよいよ出航。伊良湖まで55分の船旅の始まりです。


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今風に言うと、「鳥羽〜伊良湖間 約一時間の伊勢湾クルージング」なんて表現するのかもしれませんが、鳥羽港を出港してから沿岸の様子が見える間は、自分が水軍の一員になって漕ぎ出したような気分になりました。


静かな内海には、見晴らしの利く小高い山、舟を係留するのに絶好の場所がそこかしこに見られます。こりゃ、まさしく水軍の基地です。


そんな歴史ロマンをかき消すかのようなものすごい轟音のディーゼルエンジン。沿岸の様子が見えなくなってからは、クルージング気分に切り替えて水平線を眺めることにしました。海上にはとてつもなく巨大なタンカーや客船が航行しています。間近に見えるわけではありませんが、遥か遠くからでもその船体が想像以上に巨大であるのがわかります。


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さて、出航から1時間もしないうちに伊良湖に到着。


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ここは道の駅になっていて、私たちはここからバスで豊橋まで向かう手はずなのですが、実はこの場所で実に愉快なシステムを体感することになります。


まず、フェリー到着の数分前にバスが豊橋に出発してしまうこと。タッチの差で乗れない仕組みです。したがって、お昼間近なので当地で昼食をとることになります。昼食にカレーを食べたのですが、量が少なくて満足できません。こうなるともう一品注文することになります。カレーをもう一杯というのもなんなので、違う店でラーメンをいただきました。


スムースな接続を回避することで、必ず昼食をとったりお土産を買うように仕向ける仕組み。ビジネスの基本が徹底されていることには脱帽しました。ですが、こんな仕組みに取り込まれる人たちはごく少数です。ほとんどの人たちはマイカーとともにフェリーに乗り込んでいます。私たちのように体ひとつで乗り込んでいる客はごくわずか。


フェリーに乗り込んだ時に、「やけに乗客が少ないなぁ」と感じていた自分。その理由は、車を載せられる数が決まっているからでした。車に乗ってきた人数しか乗船しないので、乗客数が極端に少ないようです。


マイカーでない人は伊良湖からバスに乗るしかありません。伊良湖から最寄りの駅は豊橋鉄道渥美線・三河田原駅あるいは東海道本線・豊橋駅です。私たちは豊橋駅まで路線バスを利用することにしました。


伊良湖から30〜40分の間、渥美半島の各停留所をぐるぐる、ジグザクとめぐります(終点の豊橋駅までは2時間近くかかります)。その間、風力発電の巨大プロベラがずらりと並んだ場所や三河湾が見渡せる道を行きます。この途中、ず〜っと目に入るのがキャベツ畑。あまり肥沃とは思えない砂礫の土壌にびっしりとキャベツが栽培されています。その様子は、キャベツの国に来てしまったような印象。愛知県がキャベツの大産地であることを今回知りました。


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さて、豊橋に到着です。はじめて豊橋に降り立ちましたが、想像以上に都会的な場所でした。


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ここからは東海道本線で東京に向かいます。


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途中、掛川駅で乗り換えがありました。


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時間が少しあったので駅前を散策。静かな地方都市といった雰囲気の暮らしやすそうな町です。


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乗り換えの電車に乗り込み、東京に向けて再出発。


このあと、数回の乗り換えを経て地元に帰ってきたのは11時近く。翌日の出勤を思うとなんとなく憂鬱な気分になりましたが、ことのほか充実した旅の内容を振り返ると、重苦しい気分もなんとか振り切ることができました。また今回のような旅がしたい。そう思える二日間でした。

(撮影:2012.3.11)

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