« その花に雅な薫りあり。 | トップページ | 12月のきのこたち »

藍の魔術師

1211231

先日、寺院をめぐるツアーに行ってきました。訪れたのは栃木県大田原市にある雲巌寺です。今は大田原市になっていますが、以前は黒羽と呼ばれていました。茨城・栃木・福島にまたがる八溝山の近くにある臨済宗妙心寺派のお寺、それが雲巌寺です。


山林に囲まれた場所に、なぜこのような立派なお寺があるのかとても不思議です。なんでも、禅宗の四大道場の一つにも数えられる寺院だそうです。

1211232


瓜鉄橋(かてっきょう)と名付けられた赤い橋を渡ると、立派な山門を仰ぎ見ることになります。その荘厳さから格の違いが感じられます。じつは以前に何度かきたことがあるのですが、この場所の空気感をもう一度肌で感じたい、山門の威容をまた見たいと願っていた次第であります。

1211233

この日は益子町にも足を伸ばし、国の重要文化財にもなっている西明寺の三重塔を見てまいりました。全国各地に三重塔はありますが、銅板葺きの塔は珍しいそうです。気のせいかもしれませんが、一般的な三重塔よりも屋根の反りが強いような気がします。まるで羽ばたいて飛んで行くかのように見えるのは錯覚でしょうか?


1211234

さて、この日のツアーのなかでひと際印象に残ったのが、二つの寺院を訪問する間に立ち寄った馬頭広重美術館の特別展「広重と東海道展」でした。


東海道五十三次の本物の版画を間近で見るのは初めてでした。


かの有名な「お茶漬けのり」のおまけについていたカードサイズの複写や美術の教科書、画集などでは見たことがあります。その印象が非常に強かったせいがあるのでしょうが、今回実物を見てかなりの衝撃を受けました。


1211237
館内に入って最初の一枚を目にしたとき、まず驚いたのは色です。青でも赤でも黄色でも、その深い色に“ぐいっ”と胸をつかまれる感じです。重厚というような威圧的なものではなく、濃厚な色の世界に引きずり込まれるような不思議な力を感じました。


この色は油絵の絵の具、水彩画の絵の具では出せない色のような気がします。なんでこんな色が出せるのか考えてみました。そこで思いついたのが顔料です。これは鉱物の色なのだろうと勝手に解釈。念のために館内の学芸員さんに聞いてみたら、やっぱり顔料を使用しているとのことでした。これで胸のつかえがとれました。


鉱物の色って何か不思議な力を秘めているような気がします。というか、鉱物自体に力があるのかもしれません。

1211235
ふと思ったのが、多くの女性が宝石に興味を示すのはこのことが理由なのではないかということ(たぶんはずれていると思います)。こんな妄想めいた考えに導いてしまうほど、鉱物の創り出す色は魅力的だということです。


やっぱり実物の版画は違う。一言で表せばその通りなのですが、この一言に至るまでに様々な思いが脳裏を駆け巡りました。ひとつには、印刷物と本物との歴然とした違い。色については両者の間には雲泥の差があります。このギャップを埋めるには顔料で印刷するしかないと思います。そうなると一冊何万円もする画集になってしまうのでしょうね。


色続きの話になります。版画を見ていて思ったのが色数の少なさです。ほんの数色であれほどの豊かな表現ができるのかと感心するほどです。特に広重の版画は青というか群青というか、深い藍色が特徴的です。多くの版画の上の部分にグラデーションをかけて帯になっている藍色は、画面をグッと押し付けて圧縮しているような効果があるのではないでしょうか。


変なたとえですが、作者の一念が空気のように漏れないようにする為に上から蓋をしているような感じです。試しに、眼前に指をかざして絵の上部を隠すと雰囲気が違う絵になります。なんというか“すかっ”と力が抜けていってしまうような絵に見えます。藍色の帯の効果はかなりのものではないでしょうか。


1211236

さて、この藍色の使い方について興味深い話を学芸員さんから聞きました。この藍色は「ベロ藍」と呼ばれるそうです。当時広重が多用したことで、現在では彼のトレードマークにもなっているそうです。当時の版画に使われている顔料のほとんどは国産の顔料ですが、このベロ藍は輸入物だそうです。しかも比較的大量生産が可能だったらしく、値段も手頃で手に入りやすかったのかもしれません。


ベロ藍とはちょっと変な名前です。なんでベロなのか調べてみると、ベロとはベロリンのことだそうです。昔はドイツの首都ベルリンをベロリンと発音していたらしく、そこからベロ藍と呼ばれるようになったとのことでした。ベルリンで顔料製造を行っていたハインリッヒ・ディースバッハという人物が偶然この顔料を発見したということです。かつてドイツの一部はプロイセンとも呼ばれていました。よく耳にするプルシアンブルーという色とベロ藍は同じものだそうです。


このベロ藍を最初に使ったのは渓斎英泉と言われているようです。その後、葛飾北斎が使用し、広重も使うようになったとか(この件については、伊藤若冲が日本で最初に使った人物という記録もあるそうです)。


版画の研究者の間ではベロ藍と言えば広重という構図が出来上がっているそうですから、いかに作品に多用されたかがわかります。まさに広重は“藍の魔術師”だったのかもしれません。

このほかにも、学芸員さんから版画に関する興味深い話を聞かせていただきました。


簡単に言うと、版画は絵師・彫師・摺師がまさに三位一体となって作り上げるものだそうです。正確に言うとこれに版元(今で言う出版社)が絡んで四位一体となります。一番力があるのが版元で、絵師・彫師・摺師の選定はもちろん、どんな企画で出版するかも決定するそうです。


版画と言うと絵師ばかりが脚光を浴びますが、現存する素晴らしい作品の陰には他の人たちの見えない力が加わっていることも覚えておかなければならないと思いました。


ちなみに、原画は原版を作るときに彫られてしまうので跡形もなく消えてしまうそうです。原版を作る彫師ってさぞかし器用な人なんでしょうね。また、失敗が許されない緊張する作業なのだろうとも想像できます。


とにもかくにも、素晴らしい作品は奇跡とも呼べる不思議な縁が重なって生み出されたものなのだと実感しました。

※版画の写真は那珂川町馬頭広重美術館が、今回の特別展のために制作した図録です。

|

« その花に雅な薫りあり。 | トップページ | 12月のきのこたち »

撮影ツアー・旅」カテゴリの記事

県外の話題」カテゴリの記事

神社仏閣・城」カテゴリの記事

コメント

こんにちは
お久しぶりです。
同じ日に「茨城のプロカメラマン展」に行かれていたとは…
気づかなくて申し訳ございませんでした。

…知り合いの方が居たとは知らずに、写真のパネルに近づいたり、後ろ向きに離れたりと変な動きをしていたので…今更ですがちょっと恥ずかしかったです。(笑)

また今度撮影ツアーなどでご一緒したいですね。

投稿: ゴジラ大好き | 2012年11月25日 (日) 16時28分

ゴジラ大好きさん、返信遅れました。すみません。

小口さんの写真撮影ツアーでご一緒したのは数年前のことですから、本当にお久しぶりでした。

一度しかお会いしていませんが、印象に残っていて、会場でお見かけしたときにピンときました。

また、撮影ツアーでご一緒できれば嬉しいです。来年は、休みのタイミングが合えば参加しようと思っていますので、よろしくお願いします。

投稿: mushizuki | 2012年12月 9日 (日) 22時38分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1009500/47954863

この記事へのトラックバック一覧です: 藍の魔術師:

« その花に雅な薫りあり。 | トップページ | 12月のきのこたち »