3年目の赤尾瀬

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仕事で尾瀬(尾瀬ケ原)に行くようになってから3年目。毎年、初めに目にするのは雪解け直後の何もない尾瀬ケ原です。


この時季の尾瀬ケ原は気の早い植物の芽吹きがありますが、ほとんどは枯れた水苔や前年の植物が横たわった赤褐色の空間です。


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この何もないすっきりとした湿原にどっしりと構えているのが至仏山と燧ヶ岳。見通しがとてもいいので、山の存在が際立ちます。


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早々と花を咲かせるミズバショウを目当てに、大勢のハイカーが訪れています。そうなんです、春の尾瀬と言ったらミズバショウというのが定番なんですけど…


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私は、な〜んにもない突き抜けた尾瀬ケ原の空間を見るのがいつも楽しみなんです。


もちろん、ミズバショウもいいんですが、この肩すかしを食ったような空虚感さえ漂う尾瀬ケ原がなんとなく好きですね〜


露になった山肌と残雪が作り出す模様。それが尾瀬ケ原の背景にアクセントを添えています。これに青空と白い雲が加わったら、最高ですね。


自分は、冬を除いた春・夏・秋の尾瀬を見ているわけですけど、それぞれに魅力を感じます。春の魅力と言ったら前述した「突き抜けた空間」が醸し出す見晴らしの良さではないでしょうか。


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夏は、狂おしいくらいの生命の息づかいを感じる賑やかさ。秋は、鮮やかに彩られた舞台のような華やかさがあります。残念ながら冬の尾瀬だけは見たことがありません。勝手な想像ですが、そこは物音ひとつしない静寂の世界が広がっているような気がします。きっと分厚い雪の絨毯が、すべての音を吸収してしまうのではないでしょうか。


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尾瀬の四季を色でたとえると、春は「赤尾瀬」だと思います。夏は緑に包まれた「青尾瀬」、秋は紅葉の眩しい「金尾瀬」、冬は白銀の世界となった「銀尾瀬」。


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毎年この季節に赤尾瀬を見ると、「今年は何回尾瀬に行けるのかな〜」と思う私。さて、2012年はどうなることでしょう?


できることなら、青尾瀬と金尾瀬を見たいものです。


(撮影:2012.5.26/群馬県片品村・尾瀬ケ原)

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べっぴん山(さん)やね、岩木山は

弘前城訪問のつづきです。


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桜の弘前城へ行ったら、まずは本丸に行きましょう。ここから眺める岩木山の素晴らしさといったら、まるで美しい絵画を目にしたときのようです。この城の歴代津軽藩主や藩士たちも見たであろう山容…


現代の私たちも同じ場所に立って、それを味わえるというのは気分がいいものです。


標高1700メートルに満たない山ですが、その存在感は2000メートル級に相当します。誰が何と言おうと弘前のシンボルであることは間違いありません。そうなんです、岩木山のある風景が地元の人たちにとってどれほど大切なものか、ここに立てばすぐに理解できると思います。それは、茨城県人(県南地域)にとっての筑波山と同様だと思います。


岩木山はどちらかというと女性的な雰囲気の山ではないでしょうか。火山であるようですが、この季節はまだ雪を戴いていることもあって、おしろい美人のように感じます。


いや〜、べっぴんだわぁ。


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本丸にはさまざまな種類の桜が咲いています。本丸のみならず城内全体に目をやると、いったい何種類の桜があるのかわからなくなります。自分などは、次々に見て、次々に忘れるといったところでした。


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弘前城には、日本一のソメイヨシノが二本あります。ひとつは日本一古い(長寿の)ソメイヨシノ。もうひとつが日本一太いソメイヨシノ。幹周りが5メートル以上あるそうです。上の写真は樹齢130年近い古木です。一般的にソメイヨシノの寿命は60〜80年と言われているそうですから、130年というのは驚異的な年数であることがわかります。

弘前城のリポートは次回につづきます。


(撮影:2012.4.30/青森県・弘前城)

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山越え、谷越え、奈良井宿

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前回からの続き、「そこそこの旅、ぎりぎりの旅」の第三部です。前回は松本城まで報告しました。今回は松本から伊勢までを報告します。



松本城を後にした私たちは、再び駅から電車に乗って次の目的地・奈良井宿へ向かいます(時刻は13:29発)。乗ったのはご覧の電車です。二両編成ですが、新しい車両でした。


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東京から中央本線を利用して松本に来る場合、塩尻から篠ノ井線という路線になります。もしかすると、この車両は篠ノ井線を走る車両なのかもしれません。


松本を発ったこの電車は、塩尻から中央本線に入って木曽福島まで行きます。本当は馬籠あるいは妻籠宿に立ち寄りたかったのですが、この二か所を見るには木曽福島の先にある南木曽駅まで行かねばなりません。電車が木曽福島止まりということもあり、その手前で下車して観光できる奈良井宿に立ち寄ることにしました。


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途中の塩尻までは住宅地や大型の郊外店舗などが車窓から見られましたが、それを過ぎると山間の静かな風景に変わります。線路に沿って走っている道路(国道361)などは、きっと昔の街道だったのだろうと想像がつきます。


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塩尻を過ぎるとほどなくして奈良井駅に到着しました(時刻は14:19着)。駅の改札を出るとすぐに奈良井宿の通りです。中山道の宿場町の一つで、往時の景観が今なお残されていることもあって人気の観光地のようです。


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京と江戸を結んだ中山道には六十九の宿場町があるそうです。江戸の板橋宿から数えると、奈良井宿は三十四番目に当たります。ちょっと前に通過した塩尻から追ってみると、塩尻宿、洗馬宿、本山宿、贄川宿、奈良井宿となります。電車で来る途中で洗馬、贄川などの駅名を目にし、昔の名称がそのまま残っていることがなぜか嬉しく、かなり感動したことを思い出します。


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話は脱線しますが、地方都市などで地名変更などをする際に、歴史的な背景や地理的特徴を表した地名をたやすく改名してしまう例が数多く見受けられます。時代の流れと言ってしまえばそれまでですが、とても残念で仕方ありません。


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さて、奈良井宿の様子です。建物が軒を連ねている距離は、現存する宿場として比較的長い方ではないかと感じました。見るからに古い建物は数軒ありますが、改修して新しくなっているものが多いと思います。細かい点は別にして、景観としては素敵だと思います。


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自らの足で旅をする時代は、たいそうな賑わいだったのだと思います。何と言っても木曽の険しい山のなかにある宿場ですから、旅人がこの街並を見た時の安堵感といったら、今の私たちには想像できないものだったのではないでしょうか。


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奈良井駅を後にして名古屋に向かいます(時刻は15:36発)。途中、中津川で一度乗り換え(17:01)て、名古屋到着となります(18:18着)。


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やってきました、名古屋です。2002年の夏に一度来たことがあるので、約10年ぶりです。当時、名古屋の駅が明るくてきれいだったことを思い出しました。今回もその印象は変わりません。個人的には東京周辺の駅などよりずっと好感が持てます。


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時間があれば駅周辺を散策してみたかったのですが、今回は夕食を食べるだけとなりました。立ち寄ったのがこちら、「グランジャー ミズノ」。名代みそとんかつの看板が目印です。個人的にとても気になったのが“グランジャー”という名称。いったいどういう意味なのでしょう。いまだに気になって仕方ないのですが、謎は解けぬままです。


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頼んだのはこちら、看板になっていた味噌とんかつです。しかも、これは焼きとんかつ。めちゃくちゃうまいというものではありませんでしたが、また食べてみてもいいと思いました。


余談ですが、やけに心に残ったのが皿の上にちょこっと盛られているスパゲティです。作り置きの冷めきったカレー味のスパゲティなのですが、カレー粉とスパイスが利いていて、合間に食べるととんかつの味が実に引き立ちます。店主の粋な演出を感じさせる一品でした。


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名古屋で夕食を済ませたら、あとは伊勢に向かうのみ。19:30の快速みえ23号に乗り込みます。


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この車両はディーゼルエンジンで動く気動車だそうですが、約1時間30分で伊勢に到着となります。今回、中部地方を走る列車をいくつも見ましたが、関東圏を走っている列車よりもデザインがいいような気がしました。


伊勢市駅に到着したのは21:09。予約しておいたビジネスホテルに宿泊となりました。


次回へつづきます。

(撮影:2012.3.10)

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白い星降る奥日光

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先月、奥日光に行ってきました。


場所は光徳牧場。


その日は雪が降っていていたのですが、なぜか暖かく感じました。


降る雪は大粒で、服の上に落ちた粒が融けずにいつまでも残っています。じっと見つめると、肉眼でも結晶がはっきりと確認できました。懐かしい雪印マークに似たものや、家紋のような形、手裏剣のように鋭く尖ったものなど、見ているだけで飽きないくらいたくさんの種類が確認できました。雪の場合、どれも六角形なのは結晶構造の法則で当たり前らしいのですが、自分の目で再確認するとちょっと感動します。


雪ばっかりに見とれているわけにはいきません。この日はクロスカントリーをしにきたのです(なぜか仕事で…)。

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吹雪にはほど遠いですが、そこそこ雪が降っていました。そのような天気にも関わらず、クロスカントリーをする人たちはとても楽しそうです。なかには「いい天気ね」という人もいました。


確かに、青空と白い雪のコントラストは目に鮮やかな風景に映ります。しかし、この日のような天気は、晴天時には見られない幻想的な風景を創り出してくれます。きっと、「いい天気ね」と言った方はそのことを指していたのではないかと感じました。


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光徳牧場にはクロスカントリー用のコースがあります。そこにはズミの大木を抜ける区間があり、まるで白いアーチをくぐり抜けていくような感じがしました。


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流れの左側にあるのはズミの木です。自分は戦場ヶ原に生えているあまり背の高くないズミの印象が強く頭に残っていたので、こんな大木になるとは思ってもいませんでした。


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雪を被ったカラマツ林を抜けるのは、なかなか気分がいいものです。林立する幹の間から遠方の景色がチラチラ覗くところなど、巨大な舞台装置にも思えてしまいます。自然が作り出す気の利いた演出を見逃さないように、のんびり歩くと楽しさはさらに増すのではないでしょうか。


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さて、今冬は日本海側で大雪になっていますが、日光そして奥日光とも積雪量は前年より遥かに少ないそうです(1月の時点で)。湯本のスキー場は、1月19日の降雪で、リフトがやっと三本稼働するようになったと言っていました。


(撮影:2012.1.21/日光市)

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檜枝岐に龍を見た

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尾瀬には三条の滝という大きな瀑布があります。轟々という響きが山のなかに木霊し、巨大な水柱はまるでオブジェのように見えます。


新潟県と福島県の境にあるこの滝は落差が100mもあるそうで、尾瀬ケ原の水を集め只見川に注いでいます。噂によれば、年間水量は日本一とも謳われているようです。確かに、実際に目にすると噂が真実に思えてくるほど。その驚異的な水量から、滝自体の迫力に加え、尾瀬ケ原の貯水力に改めて感動してしまいます。これは湿原という名の巨大なダムと言えるかもしれません。その豪快な落ちっぷりを見れば、年間水量日本一とは断定しないまでも、五本の指には入るだろうと容易に推察できます。


滝の近くには展望台があります。巨大な水柱がより立体的に見えるのは、斜め45度くらいに位置するからかもしれません。まぁとにかく、ここに立てば、“荘厳”という言葉が否応なく脳裏に浮かんでくることでしょう。


三条の滝は、じっと見つめていると猛々しい龍のようにも思えてきます。滝と言うと、水を表す“さんずい”に竜と書きます。今回、三条の滝を目にしてこの漢字の本質的な意味を初めて理解したような気分になりました。


龍には、地上から天に登ろうとする「昇り龍」と天空から地に降りようとする「降り龍」がいます。この二頭の龍は対を成しているそうで、昇り龍は生まれて百年に満たない黒龍、降り龍は三百年を生きて天に住む青龍を指すとか。また、生きた年数によって色が違うとも言われています。


自分の場合、三条の滝から空想したのは白龍でした。伝説や神話あるいは昔話のなかで白龍がどういう位置づけなのかは知りません。でも水の化身というか水神のような存在のように想像してしまいます。


そもそも水は、大地と海を旅するもの。なかには数千、数万年の旅路を行くものだってあるかもしれません。生きた年数によって色が違うというのなら、白龍は最長老の龍に値するような気がします。


(撮影:2011.8.9/福島県檜枝岐村)

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風は黄色、森も黄色

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日光の小田代ヶ原というと標高1400mくらいでしょうか。ここではミズナラの黄葉がまっさかりです。まるで黄色いセロファンの下を歩いているような気分。風さえも黄色に染まっているかのように感じます。


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それにしても見事すぎるほど黄色一色。竜頭ノ滝近くに行くと赤い葉もちらほら目に入り、その鮮やかさに目を奪われます。黄色のキャンバスに赤い模様、映えますね〜


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竜頭ノ滝は人だかりで、なかなか写真を撮ることができません。仕方ないので両腕を伸ばし、適当に狙いを付けて撮ってきました。


さて、本日は湯滝から小田代ヶ原を経由して竜頭ノ滝まで歩いてきた自分。その主たる目的は、池(湖?)と化した小田代ヶ原を一目見ること。


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おぉ〜、四年ぶりに出現したと報じられている小田代湖です。台風12号の影響でこのような姿になったといいます。


確かに木道がひたひたと水面に浮いているような状態。


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シラカバの木も腰のあたりまで水につかった感じです。

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ほら、貴婦人と呼ばれている孤高のシラカバさえ水のなか。


風景的には様変わりして目新しさがありますけど、そこに生きる植物たちにとってはどうなんでしょう? 少し心配です。

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山の裾野というか、小田代ヶ原の縁に生えている樹木たちが一斉に色づき始めています。この賑やかな色のパレードは秋ならではの風景。贅沢な時間を過ごさせていただきました。

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カラマツがようやく色づいてきたようです。水のなかから生えるカラマツっていいかもしれません。


こんな風景、来年も見られるのでしょうか? 噂によれば、冬は氷の湖になるかもしれないとのこと。カメラマンにとっては忙しい冬になるかもしれませんね〜

(撮影:2011.10.10/栃木県日光市)

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赤銅の海になる尾瀬

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先日、尾瀬に行ってきました。いつものように鳩待峠から山の鼻を経由して尾瀬ケ原へ。牛首の分岐から竜宮、ヨッピ吊り橋をまわり帰ってきました。

写真は牛首の分岐から10分ほど歩いた先にあるお気に入りの場所です。薄曇りの天気ということもあり、歩いていても肌寒さを感じるくらいでした。ちなみにスタート地点の鳩待峠は8℃、山の鼻の温度計は11℃。尾瀬はすでに完全な秋モードというか、冬の始まりみたいな雰囲気です。そう言えば、訪れた翌日には雪が降ったそうです。


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さて、おまけです。こちらはお気に入りの場所の8月初旬の様子。わずか2か月でこの様変わりです。山開きというか、入山ができるようになるのが5月の下旬。ちょうど雪融けから入山が終了する10月の下旬までが約5か月です。その間に尾瀬は春から秋が過ぎてゆくんですね〜。短期間に3つの季節が移り変わるんですから、ひと月いや2〜3週間も間をあけると風景が一変してしまうのに納得です。


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激変ぶりを別の写真で見てみましょう。上が10月の初め、下が8月の初めです。この変身は見事というか、感動ものです。


今回、秋の尾瀬を堪能してきたわけですが、歩いているときに変な感覚に包まれました。風にそよぐ草がさざ波のように見えるのです。まるで海の上を歩いているような錯覚。黄金色よりもっと色濃い海です。それは赤銅色の海でした。


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こちらは見晴十字路からヨッピ吊り橋に向かう途中の様子です。このあたりはだいぶ乾燥していて、ヤマドリゼンマイやススキが群生している場所があります。その様子を目にすると、長い時間をかけて湿原が少しずつ姿を変えているのが実感できます。湿原の変遷といっても数年や数十年の単位ではないでしょう。百年、数百年という時間をかけて変わっていくものなのだと思います。きっと、今自分が見ているのはその一過程なのでしょう。


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世間では、湿原が紅葉するようすを「草紅葉」と呼んだりするようです。これって「くさもみじ」と読むのでしょうか、「くさこうよう」と読むのでしょうか。


葉っぱが色づいた状態を紅葉(こうよう)と言ったりします。また色づくことを紅葉(こうよう)するとも言います。これにならえば「くさこうよう」がふさわしいのかもしれません。


しかし、「くさもみじ」という言葉をかなりの頻度で耳にします。そもそも「もみじ」の語源はどこにあるのでしょうか。


ネット上の情報から、語源は「もみずる」にあるとのヒントを得ました。「紅葉」の“紅”はどうやら紅花のようです。昔から染料として使われているベニバナですが、花をゆっくりと揉み出すと赤(紅)や黄色の成分が抽出できます。その色の変化の様子を秋の葉の色の変化になぞらえたとのこと。


あるサイトでは、ベニバナから色を揉みだす様子から「揉み」が「紅」を指すようになったと書いてありました。この点について、自分はうまく理解ませんでした。でも、色を抽出する作業、つまり色を生じさせる行為やその様子を「揉み出でる」「揉み出ずる」と表現したということは納得できました。そんな「もみ(い)ずる」が「もみず」そして「もみじ」と変化していったとも想像できます。


(この「もみずる」の話は一つの説として紹介されていたものですので、必ずしも事実というわけではありません)


上記のことから判断すると「草紅葉」は「くさもみじ」と言っていいような気がします。しかし、ややこしいのは「もみじ」と呼ばれる樹木が存在すること。自分の場合、この木の名前の先入観が「くさもみじ」と読むことの障害になっています。


(撮影:2011.10.2/群馬県片品村)

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地獄の案内人と薬売り

「立山黒部アルペンルート」で名高い立山。ここは黒四ダムの建設で使用した道路やトンネルを転用した観光コースが見事に仕立て上げられています。ロープウェイやケーブルカー、狭いトンネルを走行するトロリーバスを乗り継ぎながら目にする景色は、まさに“絶景”の一言に尽きるでしょう。


決して見ることが叶わなかった景色。それがいとも簡単に見られるのは、奇跡の一種と思っていいと思います。


多くの人は乗り物を利用して立山の魅力を堪能していることでしょう。しかしその一方で、自らの足で立山を歩いている人も少なくないようです。とくに、室堂の周辺はハイキングコースが充実していて大勢の人が訪れます。

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じつは8月の初めに立山のハイキングに行ってきました。そのとき感じたのが…


ここは「あの世を具現化した山なのか」ということ。


ハイキングをしていると、血の池、地獄谷、えんま台、弥陀ヶ原、みくりが池、浄土山など、妙に気になる名前が耳に飛び込んでくるのです。

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これって…極楽と地獄?


あたかも死後の世界がそこにあるかのような気分になります。


聞いた話によれば…


その昔、この地域の一部の集落の人たちは数幅の地獄絵巻を手に周辺の国々へ出かけ、立山に登ることをすすめていたそうです。言葉が間違っているかもしれませんけど、それは「立山参り」みたいなものだったのではないでしょうか。


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歴史や民俗に詳しくない自分は、このことをどう解釈していいのやらさっぱりわかりません。でも、昔の人の死生観において“地獄”というものが想像以上に重い存在であったのは容易に想像できます。それは、底知れぬ恐怖で心を縛りつけるものだったのだろうと思います。


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地獄絵巻には、閻魔大王の前で評定を待つ人の姿、六道に落ちた罪人たちの阿鼻叫喚の様子が描かれていたのだと思います。地獄の沙汰は誰もが受けなければならないと信じていた昔の人にとって、「地獄」は考えたくなくても考えてしまうことだったに違いありません。できることなら地獄の様子を事前に知っておきたいと誰もが願ったのではないでしょうか。


今でこそ道路が整備されて、えんま台や地獄谷、血の池がある室堂付近にはバスで来られますが、昔の人たちは山の麓から自らの足で登ってきたはずです。それは難儀なことだったでしょう。言い換えれば苦行的な一面があったろうと思います。


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以上、想像に任せて勝手なことを述べてしまいました。


上記のことについて、冗談まじりに現代的な解釈をすると…


地獄絵巻は旅のカタログで、誰もが気になる地獄という観光地に多くの人を集客するという構図にも見て取れます。こんなことを考えると、立山という場所は昔も今も有名な観光地であり続けているのだと感心します。そう思うと、立山参りに限らず、伊勢参りや四国のお遍路さんなどは旅行の原点なのかもしれません。(ちょっと冗談がキツ過ぎましたかね)


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ついでに言っちゃうと…


たぶん、地獄絵巻を携えての立山参りのすすめをきっかけに、置き薬に発展させていったのではないでしょうか? そうなんです、「越中富山の薬売り」の原点がここにあると私は想像します。それにしても、すごいビジネスモデルですね〜。富山の人って発想が素晴らしいです。


勝手なことばっかり言ってしまいましたが、こんなことを考えるのも旅の楽しみだと思います。

(撮影:2011.8.1〜2/富山県立山町)

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尾瀬の白龍

以前、「月光に照らされた尾瀬を見てみたい」とブログに書いたことがありました。


先日泊まりの仕事があったのでその願いが叶えられるのではないかと期待していたところです。


確かに泊まりの仕事は回ってきましたけど当日は雨。時折、雲が切れる時があったので、空を見上げてみると…


そこには想像を超える無数の星が輝いていました。それは今までに見たこともない星空です。茨城で見る星空とはスケールが違いました。宇宙にはこんなに恒星があるのかと驚かされた一夜でした。


残念ながら繰り返し降る雨に空は曇りがちで、ほんの一瞬見えた星空はまるで幻のようでした。仕方なくこの日宿泊した「元湯山荘」にもどり、寝床に転がり込んだ次第です。


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翌朝、目覚めると同時に外に出てみると、不思議な光景が目に飛び込んできました。巨大な白い龍がゆっくりと移動しているではありませんか。


言うまでもなく朝霧が山の麓の林の上を風下に流れているだけなのですが、私にはそれがとてつもなく大きな龍に見えたのです。遥か向こうには朝日に照らされた至仏山が見えます。あと30分も早く起きれば朝焼けの光景が見られたのでしょう。じつに残念です。


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朝霧は陽が昇るとともにあっという間に消えてしまいます。ほんの数分で層の厚さは半分に、十分も過ぎると薄っぺらな雲のようになって漂っているだけ。早起きした者だけが見ることができる尾瀬の白い龍でした。


残念ながら月夜の尾瀬は見ることができませんでしたが、この白い龍を見られただけでも宿泊した甲斐があります。ちなみに前日の雨の影響か、早朝は14℃で肌寒さを感じるほどでした。次に来るときにはもっと早起きをして朝焼けの尾瀬の写真を撮りたいと思います。


(撮影:2011.8.9/福島県檜枝岐村)

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8月、尾瀬はもう秋

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茨城ではまだまだ暑い日が続くことが予想されますけど、先日出かけた尾瀬はもう秋の気配が漂っていました。花の盛りは過ぎたようで、尾瀬ケ原ではサワギキョウとオゼミズギクの花がやけに目立っていました。ほかにはキンコウカがまだ花を付けているほか、ぼろぼろのトモエソウ、イワショウブなどを見かけました。

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池塘のヒツジグサの葉がすでに色づき始めています。その様子からも秋の訪れが感じられます。

尾瀬のベストシーズンと言うとミズバショウ、ニッコウキスゲが咲き誇る時季を思い浮かべる人も多いでしょうが、ヒツジグサの紅葉だって見逃せません。もちろん、同時期に訪れる紅葉の風景もスペシャルシーズンですけど…

この時季は花が少ないので、訪れる人にとっては今ひとつ物足りなさがあるかもしれません。でも、色づき始めたヒツジグサのある尾瀬ケ原の風景を見るだけでも価値があると思います。写真のようなワンシーンを見るだけで私は満足です。


(撮影:2011.8.8/群馬県片品村)

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