3年目の赤尾瀬

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仕事で尾瀬(尾瀬ケ原)に行くようになってから3年目。毎年、初めに目にするのは雪解け直後の何もない尾瀬ケ原です。


この時季の尾瀬ケ原は気の早い植物の芽吹きがありますが、ほとんどは枯れた水苔や前年の植物が横たわった赤褐色の空間です。


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この何もないすっきりとした湿原にどっしりと構えているのが至仏山と燧ヶ岳。見通しがとてもいいので、山の存在が際立ちます。


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早々と花を咲かせるミズバショウを目当てに、大勢のハイカーが訪れています。そうなんです、春の尾瀬と言ったらミズバショウというのが定番なんですけど…


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私は、な〜んにもない突き抜けた尾瀬ケ原の空間を見るのがいつも楽しみなんです。


もちろん、ミズバショウもいいんですが、この肩すかしを食ったような空虚感さえ漂う尾瀬ケ原がなんとなく好きですね〜


露になった山肌と残雪が作り出す模様。それが尾瀬ケ原の背景にアクセントを添えています。これに青空と白い雲が加わったら、最高ですね。


自分は、冬を除いた春・夏・秋の尾瀬を見ているわけですけど、それぞれに魅力を感じます。春の魅力と言ったら前述した「突き抜けた空間」が醸し出す見晴らしの良さではないでしょうか。


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夏は、狂おしいくらいの生命の息づかいを感じる賑やかさ。秋は、鮮やかに彩られた舞台のような華やかさがあります。残念ながら冬の尾瀬だけは見たことがありません。勝手な想像ですが、そこは物音ひとつしない静寂の世界が広がっているような気がします。きっと分厚い雪の絨毯が、すべての音を吸収してしまうのではないでしょうか。


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尾瀬の四季を色でたとえると、春は「赤尾瀬」だと思います。夏は緑に包まれた「青尾瀬」、秋は紅葉の眩しい「金尾瀬」、冬は白銀の世界となった「銀尾瀬」。


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毎年この季節に赤尾瀬を見ると、「今年は何回尾瀬に行けるのかな〜」と思う私。さて、2012年はどうなることでしょう?


できることなら、青尾瀬と金尾瀬を見たいものです。


(撮影:2012.5.26/群馬県片品村・尾瀬ケ原)

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雪山は巨大な“貯水地”

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先月はクロスカントリーだけでなく、スノーシューでの山歩きもしてきました。


出かけたのは裏磐梯。有名なスキー場、グランデコの少し下に不動滝という名所があります。その滝を見に行ったわけです。


いわゆるスノーシューと呼ばれる西洋橇(かんじき)を履いて歩くのですが、これがじつに愉快な履物なんです。実物はアルミニウムの外枠に樹脂製の底板を組み合わせた単純なもの。簡単に脱着できるようにバンド式になっています。


何が愉快かと言うと…


わずか10センチほどの幅が増えただけで、靴で歩いたらまず這い上がれないだろうと思われる雪の上を沈むことなく忍者のように歩けるんです。その姿はまるで雪上のミズスマシのようです。でも、ミズスマシにしては動きが鈍いかもしれません。


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さて、こちらが凍った不動滝。完全結氷とはいきませんが、ブルーに光る氷がなんとも神秘的です。晴れていればもっと鮮やかなブルーに見えるんでしょうが、残念ながらこの日は雪でした。


毎度のことですが、冬山を歩いているといつも感動してしまうことがあります。それは降り積もった雪の量。


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“雪”と言ってしまうとなんだかロマンチックに聞こえますが、化学的に言うと形態を変えた“水”であります。この雪の量を水に換算したら、どれほどの水量になるのでしょうか?


山に降った雪は、春が来たからと言って一瞬にして融けて消えるわけではありません。冷たい雪融け水を麓におろしながらゆっくりと融けていくのだと思います。標高が高い山になればなるほど、融解の速度は緩やかで、雪融け水を供給する期間も長くなるのでしょう。


そんなことを想像していると、山が巨大な“貯水地”に見えて仕方がないのです。発電こそしませんが、それは自然が作り上げる巨大なダムだと思います(常識的に「ちょすいち」というと池という漢字があてられますが、雪山を見ていると “地”という漢字の方がしっくりします)。


変な妄想ですが、雪山を歩くと白いダム湖をいつも連想してしまう私なのです。

(撮影:2012.1.27/北塩原村)

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白い星降る奥日光

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先月、奥日光に行ってきました。


場所は光徳牧場。


その日は雪が降っていていたのですが、なぜか暖かく感じました。


降る雪は大粒で、服の上に落ちた粒が融けずにいつまでも残っています。じっと見つめると、肉眼でも結晶がはっきりと確認できました。懐かしい雪印マークに似たものや、家紋のような形、手裏剣のように鋭く尖ったものなど、見ているだけで飽きないくらいたくさんの種類が確認できました。雪の場合、どれも六角形なのは結晶構造の法則で当たり前らしいのですが、自分の目で再確認するとちょっと感動します。


雪ばっかりに見とれているわけにはいきません。この日はクロスカントリーをしにきたのです(なぜか仕事で…)。

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吹雪にはほど遠いですが、そこそこ雪が降っていました。そのような天気にも関わらず、クロスカントリーをする人たちはとても楽しそうです。なかには「いい天気ね」という人もいました。


確かに、青空と白い雪のコントラストは目に鮮やかな風景に映ります。しかし、この日のような天気は、晴天時には見られない幻想的な風景を創り出してくれます。きっと、「いい天気ね」と言った方はそのことを指していたのではないかと感じました。


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光徳牧場にはクロスカントリー用のコースがあります。そこにはズミの大木を抜ける区間があり、まるで白いアーチをくぐり抜けていくような感じがしました。


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流れの左側にあるのはズミの木です。自分は戦場ヶ原に生えているあまり背の高くないズミの印象が強く頭に残っていたので、こんな大木になるとは思ってもいませんでした。


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雪を被ったカラマツ林を抜けるのは、なかなか気分がいいものです。林立する幹の間から遠方の景色がチラチラ覗くところなど、巨大な舞台装置にも思えてしまいます。自然が作り出す気の利いた演出を見逃さないように、のんびり歩くと楽しさはさらに増すのではないでしょうか。


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さて、今冬は日本海側で大雪になっていますが、日光そして奥日光とも積雪量は前年より遥かに少ないそうです(1月の時点で)。湯本のスキー場は、1月19日の降雪で、リフトがやっと三本稼働するようになったと言っていました。


(撮影:2012.1.21/日光市)

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霧立ち籠める妖精の森から/雨ハイキングのすすめ

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再び妖精に出会いました。以前もこの森でかわいらしい妖精に出会ったことがあります。(その時の記事はこちら


というのは冗談ですけど、渓流沿いにあるこの森ではたびたび美しい情景を目にします。


ここは福島県矢祭町にある滝川渓谷。ちょうど茨城県の常陸太田市(旧里美村)と福島県の県境付近にあります。阿武隈の秘境とも言われているこの渓谷は、地図に載っていませんし、カーナビの案内にも出てきません。そんな点でも秘境と呼ばれる意味がわかるような気がします。知らなければ行きようがないわけで、その結果、訪問者の少ない「人の手垢にまみれていない観光地」になっているとも言えるでしょう。


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ここにはハイキングコースが整備されていて、渓谷を造り出している滝川に沿って山の上の方に登っていくことができます。地元の人の話では、渓谷の最上部の標高が500メートルとちょっと。駐車場がある麓の標高が200メートルくらいだそうですから、約300メートルを登ることになります。爽やかな水音を常に耳にしながら歩けるこのコースは片道約3キロメートル。所要時間はだいたい1時間ちょっとでしょうか(片道)。


滝川の水はどこから流れてくるのかと言うと…
茨城県にある三鈷室(さんこむろ)山とそれに連なる山々の水を集めて滝川渓谷へと導かれているそうです。


さて、ハイキングの話に移りましょう。


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ハイキングというと、どうしても雨の日は敬遠されがちです。ですが、雨の日にしか見られない特別な風景というものがあります。まず、木々が活き活きしているように見えます。葉の色などは濃度10%アップ。瑞々しさがあふれています。特に春から夏にかけては森の匂いが強く感じられることでしょう。


上記に加え、雨が降り出したり気温や気圧の変化があったりすると霧や靄が漂い始めます。そのときの幻想的な風景は、晴れの日には決して見られない特別なものです。まぁ、雨の日のハイキングも捨てたものではないということです。


ただし、標高1000メートル以上のハイキングあるいはトレッキングになると、そんな悠長なことは言っていられません。あくまでも700〜800メートル級の里山ハイキングでの話です。


滝川渓谷を訪れたのは11月上旬のこと。まだ紅葉のピークには早かったようです。山の下では始まったばかり、中腹でやや色づき始め、山頂部で見頃といった感じでした。前向きに考えると、紅葉が進む過程を一日で楽しめるといったところでしょうか。


(2011.11.6/福島県矢祭町)

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七色絨毯、桂のかほり

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遠くから眺める山の紅葉はじつに美しいものです。ところが、その紅葉のまっただ中に足を踏み入れると、また違った美しさに出会えます。


紅葉の森にいると頭上や遠景の景色にばかり目が行きがちですが、足元に目を向けると山の紅葉に負けないくらいの色の競演が繰り広げられているのです。


ケヤキの下は鈍い赤茶、ミズナラの下は黄色、シラカバやダケカンバの下は明るい黄色、そしてモミジの下は鮮やかな赤が広がっています。樹木が混生しているところでは色が入り交じった複雑な色を表現しています。


森の入口から奥深くへ歩みを進めていく過程で、さまざまな色の絨毯を踏みしめていくことになるわけです。その色の変化を楽しんでいると、長い道のりもあっという間に終わってしまうような気がします。


さくさくと踏みしめる落葉の音や枝を踏み折る小気味よい音を聞くのも愉快なものです。そばを流れるせせらぎ、時折聞こえる鳥の声など、耳を澄ませると森のなかはいろいろな音で満ちあふれていることにも気づかされます。


はらはらと舞い落ちる葉が目に飛び込んでくることもたびたび。その様子は、秋の終わりに向けて時を刻む秒針のようにも見えてくるから不思議なものです。


楽しみは見ることだけにとどまりません。森のなかを歩いていると、ところどころでなんとも言えぬ甘い香りが鼻をかすめていきます。前を歩いている素敵な山ガールから漂ってくる香水なのかと思いましたが、距離を置いたり時間をずらしたりしても同じ場所から同様な香りを感じます。


その時ふと、あることを思い出しました。「カツラの木は黄葉すると芳香を放つ」という一節。植物図鑑に書いてあった解説の一文です。芳香という曖昧なイメージが一気に具体化しました。


この甘い香りはカツラの匂いに違いない。そう思い込んでしまう自分。また一方で「断定するには材料不足だ」と戒める自分。事実を確かめるために周辺の樹木に目を配ります。カツラの木はあることはあるのですが、その落葉を拾い上げて鼻を付けても甘い香りは感じられません。


納得はいかないものの、カツラの芳香というイメージを拭いきれません。この件についえは今後事実を確かめるということで、宿題という形にすることにしました。

(2011.10.23/日光市)

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赤富士と白い花

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富士山の五合目より少し下に「奥庭」という場所があります。ここは天狗が遊んだ庭ともいわれ、ちょっと不思議な風景が広がっています。人の背丈ぐらいのカラマツやコメツガ、ダケカンバが生えていて、まるで庭ごと盆栽といった雰囲気です。


ここの標高は2150mくらい。富士山の森林限界は2400mくらいと言われているようなので、奥庭は森林限界よりも少し下みたいです。でも、背丈の低い樹木から森林限界が近いことを感じますね〜


間近から富士山を仰ぎ見ると赤い肌をしているのがわかります。その色はいかにも溶岩の色といった雰囲気です。


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訪れた日は天気がよくなかったので雲が広がっています。雲海の上に姿を現した遠くの山々の頂を見ると、高い山を征服したアルピニストの気分が味わえます。


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標高2150mの奥庭から「お中道」という道を経由して「御庭」と呼ばれる場所に出ます。このあたりは子どもの身長くらいのダケカンバやカラマツばかり。地を這うように生えている様子を見ると、このあたりの過酷な環境とそれに耐えながら繁殖を重ねている樹木の生命力を感じます。


少し上に目をやると、樹木が山頂を目指して登っているようにも見えます。噂によれば、温暖化の影響で富士山の森林限界が少しずつ上に上がっているとか…


「御庭」周辺を歩いて感じるのは、やけにカラマツが多いということ。聞いたところによると、御庭あたりの標高だと本来はハイマツが生えていてもいいらしいのですが、なぜかカラマツばかり。これはどういう理由なのでしょうか。


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さて、溶岩の斜面に逞しく根を生やす樹木の根元には、ところどころに白いものが密集しています。遠くからだと小さなカリフラワー畑にも見えてしまいます。


これは明らかに地衣類の群落。たぶんハナゴケと呼ばれるものの仲間だと思います。


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詳しくはわかりませんが、ミヤマハナゴケかもしれません。近くで見ると海綿のようにも見えますね〜


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地衣類のなかには樹状の形態を見せる種類がいくつかあるようです。


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こちらは御庭から富士山五合目駐車場に至る道で撮影したもの。このあたりは紅葉真っ盛りでした。


(撮影:2011.10.13/山梨県鳴沢村)

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風は黄色、森も黄色

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日光の小田代ヶ原というと標高1400mくらいでしょうか。ここではミズナラの黄葉がまっさかりです。まるで黄色いセロファンの下を歩いているような気分。風さえも黄色に染まっているかのように感じます。


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それにしても見事すぎるほど黄色一色。竜頭ノ滝近くに行くと赤い葉もちらほら目に入り、その鮮やかさに目を奪われます。黄色のキャンバスに赤い模様、映えますね〜


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竜頭ノ滝は人だかりで、なかなか写真を撮ることができません。仕方ないので両腕を伸ばし、適当に狙いを付けて撮ってきました。


さて、本日は湯滝から小田代ヶ原を経由して竜頭ノ滝まで歩いてきた自分。その主たる目的は、池(湖?)と化した小田代ヶ原を一目見ること。


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おぉ〜、四年ぶりに出現したと報じられている小田代湖です。台風12号の影響でこのような姿になったといいます。


確かに木道がひたひたと水面に浮いているような状態。


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シラカバの木も腰のあたりまで水につかった感じです。

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ほら、貴婦人と呼ばれている孤高のシラカバさえ水のなか。


風景的には様変わりして目新しさがありますけど、そこに生きる植物たちにとってはどうなんでしょう? 少し心配です。

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山の裾野というか、小田代ヶ原の縁に生えている樹木たちが一斉に色づき始めています。この賑やかな色のパレードは秋ならではの風景。贅沢な時間を過ごさせていただきました。

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カラマツがようやく色づいてきたようです。水のなかから生えるカラマツっていいかもしれません。


こんな風景、来年も見られるのでしょうか? 噂によれば、冬は氷の湖になるかもしれないとのこと。カメラマンにとっては忙しい冬になるかもしれませんね〜

(撮影:2011.10.10/栃木県日光市)

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美人ブナと熊の気持ち

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美人妻ではありません、美人ブナです。


ブナは意外にも色白ですべすべ肌の持ち主です。


ブナの木と言うと、たくさんのコケ(ほとんどが地衣類、たまにコケも生えています)が着いた樹皮が思い浮かびます。樹齢を重ねれば重ねるほど付着は多くなるものです。ですが、本来はご覧のように見紛うような美肌なんです。


ちらっと見ただけでは、この木がブナだと気づかないかもしれません。


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先日、谷川岳の一ノ倉沢出合まで行ってきました。谷川岳ロープウェイの駐車場から片道3キロ強を歩いていたわけですが、その途中にはご覧のような美肌のブナがたくさん生えています。美肌ブナは樹齢の若いものがほとんどでした。


ブナの樹皮はあまりシワや割れ目がありません。ですので、降雨時に樹皮全体を伝わって水を地面に導くようです。地衣類やコケはそのことをよく知っているようで、好んでブナの木に付着するように思えます。


ブナと言えば、その種子が熊や小動物の貴重な食料であることが知られています。ちょうど今の時季に、越冬の準備のためにたくさんの動物たちがブナの実でお腹を満たすことでしょう。その消費量はいったいどれほどなんでしょうか?


森の動物たちに実を分け与えてくれるブナの木って、なんとなく森のお母さん的な存在のように思えてしまいます。


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ブナの実はこんな形をしています。いわゆるドングリというものです。茨城県南地域の雑木林で見られるのは、コナラやクヌギのドングリ。殻斗(かくと)と呼ばれる帽子をかぶっています。標高が上がるとミズナラのドングリも見られます。


コナラもクヌギもミズナラも、みんなブナ科の木です。でも、ブナのドングリって一つひとつの実に殻斗があるわけではなく、クリのいがのようなものに包まれています。クリもブナ科の木ですので、似ているといえば当然でしょうか。


ドングリの形から分類すると、ブナとクリって意外にも近い関係のように思えてきます。写真からもわかるように、殻斗にあるひげのようなものが針みたいに鋭くなればクリのいがにそっくりです。しかも割れ方もクリにそっくり。さらに実の形だって、太らせればクリの実と同じになりますよね〜


さて、食べられるドングリと言うと、ブナ・スダジイ(ブナ科)・マテバシイ(ブナ科)があります。このうち生でも食べられと言われているのがブナです(スタジイも生でOKだったかも)。この話を知っていたので、いつかは食べてみようと以前から思っていました。


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実際に食べてみると、小粒ながらなんとも言えない風味がありました。香ばしいというと誇大表現になってしまいますが、アーモンド類が持つ独特の香りがわずかに鼻に抜けるような感じでした。


「こりゃ、イケる!」と思わず呟いて、拾っては剥き、剥いては食べ…を繰り返してしまいました。数多く食べてみると、しっとりとしたものとパサついたものがあるのを感じました。パサついたものは粉っぽくって、歯の表面にくっついたり、口のなかに残ったりします。この二種の感覚は、おいしいクリとそうでないクリを食べた時の印象に似ていました。


初めて食べてみて、予想以上においしいものであることがわかりました。なるほど、熊や小動物がブナの実を好んで食べるのも納得です。もし、機会があったらどうぞお試し下さい。


蛇足ですが紅葉情報を…
2011年10月8日時点で、一ノ倉沢は頂上付近が紅葉している状態です。見頃は10月20日〜25日頃と地元の人が言っていました。


(撮影:2011.10.8/群馬県みなかみ町)

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赤銅の海になる尾瀬

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先日、尾瀬に行ってきました。いつものように鳩待峠から山の鼻を経由して尾瀬ケ原へ。牛首の分岐から竜宮、ヨッピ吊り橋をまわり帰ってきました。

写真は牛首の分岐から10分ほど歩いた先にあるお気に入りの場所です。薄曇りの天気ということもあり、歩いていても肌寒さを感じるくらいでした。ちなみにスタート地点の鳩待峠は8℃、山の鼻の温度計は11℃。尾瀬はすでに完全な秋モードというか、冬の始まりみたいな雰囲気です。そう言えば、訪れた翌日には雪が降ったそうです。


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さて、おまけです。こちらはお気に入りの場所の8月初旬の様子。わずか2か月でこの様変わりです。山開きというか、入山ができるようになるのが5月の下旬。ちょうど雪融けから入山が終了する10月の下旬までが約5か月です。その間に尾瀬は春から秋が過ぎてゆくんですね〜。短期間に3つの季節が移り変わるんですから、ひと月いや2〜3週間も間をあけると風景が一変してしまうのに納得です。


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激変ぶりを別の写真で見てみましょう。上が10月の初め、下が8月の初めです。この変身は見事というか、感動ものです。


今回、秋の尾瀬を堪能してきたわけですが、歩いているときに変な感覚に包まれました。風にそよぐ草がさざ波のように見えるのです。まるで海の上を歩いているような錯覚。黄金色よりもっと色濃い海です。それは赤銅色の海でした。


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こちらは見晴十字路からヨッピ吊り橋に向かう途中の様子です。このあたりはだいぶ乾燥していて、ヤマドリゼンマイやススキが群生している場所があります。その様子を目にすると、長い時間をかけて湿原が少しずつ姿を変えているのが実感できます。湿原の変遷といっても数年や数十年の単位ではないでしょう。百年、数百年という時間をかけて変わっていくものなのだと思います。きっと、今自分が見ているのはその一過程なのでしょう。


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世間では、湿原が紅葉するようすを「草紅葉」と呼んだりするようです。これって「くさもみじ」と読むのでしょうか、「くさこうよう」と読むのでしょうか。


葉っぱが色づいた状態を紅葉(こうよう)と言ったりします。また色づくことを紅葉(こうよう)するとも言います。これにならえば「くさこうよう」がふさわしいのかもしれません。


しかし、「くさもみじ」という言葉をかなりの頻度で耳にします。そもそも「もみじ」の語源はどこにあるのでしょうか。


ネット上の情報から、語源は「もみずる」にあるとのヒントを得ました。「紅葉」の“紅”はどうやら紅花のようです。昔から染料として使われているベニバナですが、花をゆっくりと揉み出すと赤(紅)や黄色の成分が抽出できます。その色の変化の様子を秋の葉の色の変化になぞらえたとのこと。


あるサイトでは、ベニバナから色を揉みだす様子から「揉み」が「紅」を指すようになったと書いてありました。この点について、自分はうまく理解ませんでした。でも、色を抽出する作業、つまり色を生じさせる行為やその様子を「揉み出でる」「揉み出ずる」と表現したということは納得できました。そんな「もみ(い)ずる」が「もみず」そして「もみじ」と変化していったとも想像できます。


(この「もみずる」の話は一つの説として紹介されていたものですので、必ずしも事実というわけではありません)


上記のことから判断すると「草紅葉」は「くさもみじ」と言っていいような気がします。しかし、ややこしいのは「もみじ」と呼ばれる樹木が存在すること。自分の場合、この木の名前の先入観が「くさもみじ」と読むことの障害になっています。


(撮影:2011.10.2/群馬県片品村)

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地獄の案内人と薬売り

「立山黒部アルペンルート」で名高い立山。ここは黒四ダムの建設で使用した道路やトンネルを転用した観光コースが見事に仕立て上げられています。ロープウェイやケーブルカー、狭いトンネルを走行するトロリーバスを乗り継ぎながら目にする景色は、まさに“絶景”の一言に尽きるでしょう。


決して見ることが叶わなかった景色。それがいとも簡単に見られるのは、奇跡の一種と思っていいと思います。


多くの人は乗り物を利用して立山の魅力を堪能していることでしょう。しかしその一方で、自らの足で立山を歩いている人も少なくないようです。とくに、室堂の周辺はハイキングコースが充実していて大勢の人が訪れます。

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じつは8月の初めに立山のハイキングに行ってきました。そのとき感じたのが…


ここは「あの世を具現化した山なのか」ということ。


ハイキングをしていると、血の池、地獄谷、えんま台、弥陀ヶ原、みくりが池、浄土山など、妙に気になる名前が耳に飛び込んでくるのです。

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これって…極楽と地獄?


あたかも死後の世界がそこにあるかのような気分になります。


聞いた話によれば…


その昔、この地域の一部の集落の人たちは数幅の地獄絵巻を手に周辺の国々へ出かけ、立山に登ることをすすめていたそうです。言葉が間違っているかもしれませんけど、それは「立山参り」みたいなものだったのではないでしょうか。


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歴史や民俗に詳しくない自分は、このことをどう解釈していいのやらさっぱりわかりません。でも、昔の人の死生観において“地獄”というものが想像以上に重い存在であったのは容易に想像できます。それは、底知れぬ恐怖で心を縛りつけるものだったのだろうと思います。


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地獄絵巻には、閻魔大王の前で評定を待つ人の姿、六道に落ちた罪人たちの阿鼻叫喚の様子が描かれていたのだと思います。地獄の沙汰は誰もが受けなければならないと信じていた昔の人にとって、「地獄」は考えたくなくても考えてしまうことだったに違いありません。できることなら地獄の様子を事前に知っておきたいと誰もが願ったのではないでしょうか。


今でこそ道路が整備されて、えんま台や地獄谷、血の池がある室堂付近にはバスで来られますが、昔の人たちは山の麓から自らの足で登ってきたはずです。それは難儀なことだったでしょう。言い換えれば苦行的な一面があったろうと思います。


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以上、想像に任せて勝手なことを述べてしまいました。


上記のことについて、冗談まじりに現代的な解釈をすると…


地獄絵巻は旅のカタログで、誰もが気になる地獄という観光地に多くの人を集客するという構図にも見て取れます。こんなことを考えると、立山という場所は昔も今も有名な観光地であり続けているのだと感心します。そう思うと、立山参りに限らず、伊勢参りや四国のお遍路さんなどは旅行の原点なのかもしれません。(ちょっと冗談がキツ過ぎましたかね)


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ついでに言っちゃうと…


たぶん、地獄絵巻を携えての立山参りのすすめをきっかけに、置き薬に発展させていったのではないでしょうか? そうなんです、「越中富山の薬売り」の原点がここにあると私は想像します。それにしても、すごいビジネスモデルですね〜。富山の人って発想が素晴らしいです。


勝手なことばっかり言ってしまいましたが、こんなことを考えるのも旅の楽しみだと思います。

(撮影:2011.8.1〜2/富山県立山町)

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